「やられた!」と叫びたいんだ
思わず騙(だま)されてしまう「どんでん返し」が好きだ。しかし、「これは!」と思えるどんでん返しに出会えることは少ない。「どんでん返し」と聞いた時点で作品へのハードルが爆上がりし、伏線を見抜いてやろうと丁寧に読むため、途中で仕掛けに気づいてしまう。「どんでん返し」ありきのとってつけたような要素が出てくるのもフェアじゃなくてモヤモヤする。こうなると、作品紹介に「どんでん返し」と書くことは、一種のネタバレと言って差し支えない気もしてくる。
しかし、切れ味の良い短編なら話は別だ。「5分後に意外な結末」は、オリジナル作品のほか、欧米の小話、都市伝説などが収録された人気の小説シリーズ。文字通りほぼ5分で読める短編は、大人だけでなく、小・中学校の「朝の読書」でも大人気だという。恐怖、感動、笑いのドラマが詰まっており、そして最後に騙されるカタルシスがある。
本書『漫画 5分後に意外な結末 黒の章』は、そんな超人気シリーズから、SF・ミステリーを中心にえりすぐりの7作品をコミカライズして収録した、ジャンルも切り口も様々な1冊だ。気分良く「やられた!」と叫ばせてくれる。
「絵描き冥利に尽きる」最高の1枚が招く結末とは
表の顔と裏の顔、人間関係の謎と真実……人間のミステリアスな一面を見せてくれる物語が「老婦人の肖像」だ。
町はずれに住む、どこにでもいる絵描きのもとに、ある日、上品な老婦人が訪ねてくる。
「自分の肖像画を描いてほしい」と言う彼女は、絵のためのポーズも決めてあるようだ。絵描きは、実物より少しだけ若く美しい彼女を描いた。
しかし老婦人は「もっと写実的に、今のわたしを描いてほしい」と言う。女性の多くは美しく描いてほしがるものなのに、この人は、自分の老いから目をそらさず、その姿を後世に残そうとしている……!
その姿勢に感動した絵描きは、自分の技術を総動員し、リアルな彼女を描くと決める。老婦人に毎日アトリエに通ってもらい、彼女のことを深く知る。そして、彼女という人間そのものを絵で表現するのだ。
絵を描きながら、老婦人の身の上話を聞く。
3年前に亡くした夫と彼の財産、若い新しい恋人……。そして、老婦人は、全財産を若い恋人に譲る遺言書を書いたという。絵描きは、彼女のやさしさ、悲しみをたたえながらも柔らかい表情に胸を打たれる。
数日後。今度は、「若い恋人には別の若い女がいる」と老婦人は言う。老婦人の上品な様子にそぐわない、生々しい秘密が出てきて、読んでいる私もドキドキである。さらに数日後。
今度は、若い恋人とその「別の女」が、共謀して老婦人を殺す計画を立てているというではないか。さすがに動揺する絵描きだが、老婦人は「ただ、今のわたしを描いてくださいな」とほほ笑む。彼女はきっと、自らの命を使い、愛を示そうとしているのだ……。絵描きはまたも感動するのだった。
1ヵ月ほどして、老婦人の肖像が完成する。それは絵描き人生の集大成ともいえる素晴らしい出来栄えだった。老婦人も大喜びだ。約束の3倍もの報酬を払ってくれるという。しかし……。
「絵描き冥利に尽きる最高の1枚」が導く意外な結末に注目だ。
偶然から始まる車中のドラマ
タクシー運転手をしていると、いろいろな怖い目にあうことも多いと聞く。深夜の酔客、ガラの悪い客の無茶ブリ、カップルの痴話ゲンカ、はたまた強盗……。「見送る背中」の主人公が恐れていたのは、そのどれでもない。
ドアを開けた瞬間、まさかとは思ったのだ。女は聞く。「そんなに怖い? 私のことが……」。怖いです!
主人公が怖がっていたのは幽霊なのか……と思いきや、彼女は言う。
「早く帰らないといけないの」。砕けた口調だと思ったら、どうやら、主人公とこの女性は面識があるようだ。
この女性は、見知らぬ幽霊ではなく、主人公の別れた妻だったのだ。かつて借金を作り、家族に迷惑がかかることを恐れて一方的に離婚して以来、妻にも子供にも会わずにいた主人公。一家の主が逃げ出して、妻や子供はさぞ困ったはずだ。実家にでも帰っただろうか。しかし、彼女は言う。
行き先は、いい思い出ばかりの、家族で住んだ「あの家」。しかし、これは本当に偶然なのだろうか?
二転三転、予想を裏切る車中のドラマから目が離せない。
「黒」と「赤」の意外な結末
本書は「黒の章」のサブタイトル通り、ややブラックなオチの物語が多いが、優しい気持ちになれる結末のものもあり、読後感は決して暗くない。むしろ、5分間で「そうきたか」「やられた!」を楽しむことができ、リフレッシュになる。
同時刊行の『5分後に意外な結末 赤の章』も、ぜひ手に取ってみてほしい。男と女、親と子、妻と夫、自分と他人……人と人が向き合い生まれた予想外のドラマが描かれている。例えば……。
アンラッキーな交通事故。しかし、事故の相手は超タイプの美女! これは運命の出会いなのか……? ──「交通事故」
隣に住むのは、幼いころに見た殺人鬼? もし気づかれたら、僕は……。──「隣に住む殺人鬼」
思わずニヤリとしてしまう意外な結末を、本書と併せて楽しんでほしい。
レビュアー
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
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