講談は、右手に張扇(はりおうぎ)、左手に扇子で、釈台(しゃくだい)を“ぱんぱんっ”と叩きながら、脚色した歴史物を講釈師が読む話芸。
1つの話は30分近くかかり、軍記物の勇壮な場面を独特の節で淀みなく読むことを「修羅場(ひらば)読み」と言います。
『ひらばのひと』からのウケウリです! 白状すると、講談は一度も聞いた事がありません。でも……、いやぁ面白い!! この世界観好きだわぁー!!
二ツ目の講釈師・龍田泉花(たつたせんか)は、弟弟子で前座の泉太郎(せんたろう)にモヤモヤする日々を送っていました。
なぜなら講談の世界は女性講釈師が多く、若い男はちやほやされるから。
と言っても「嫉妬」ではなく、「自分の中に押し込めていたダークサイドに気付かされる」からなのです。
龍田錦泉(きんせん)先生には6人の弟子がいて、妻の介護で休んでいるいちばん上の錦秀(きんしゅう)と泉太郎以外は全て女。
この姉弟子たちの容赦ない物言いが笑えます。が、この中に入るのは、私でも嫌です!!
しかし泉太郎はいつも飄々(ひょうひょう)としていて、「前座の4年間は叱られるのが仕事だって聞いてましたから」と、理不尽なことも「申し訳ございません」と頭を下げるのです。
そんな泉太郎を、心の中とはいえ「キライだ」とまで言い切る泉花。まさにダークサイド。
ところがある日、その泉太郎から相談を受けます。
「講談続けるか迷ってます」
「…なんであたしに相談するの?」
「泉花姉さんオレの事キライでしょ。他の人にこんなこと相談しても『やめるな』って止められるだろうし」
コイツ! 確かにイライラする(笑)。泉花も思わず、強く当たってしまいます。
実は泉花も、前の仕事を辞める時に悩み、覚悟を持って講談の世界に身を投じたのです。
講談の演目『鋳掛松(いかけまつ)』の主人公、松五郎のように。
とは言っても、泉花もこんな思いを消し去れずにいました。
女がどんなに頑張って芸を磨いても 結局男には敵(かな)わないのか
泉花には、普通の会社員で穏やかな性格の夫がいるのですが、女の芸人にとって結婚は、見えないハンデでもあるのです。
『ひらばのひと』が単なる講談を扱った漫画で終わっていないのは、こうした日常の暮らしが見えるところ、そして心の奥底にあるものを丁寧に描いているからだと思います。
だからこそ、出てくるキャラクター全員がとてもリアルで、なおかつ面白い!! かなりの人数が出てくるのに皆キャラが立っているのです。
私のお気に入りは、落語家で若手真打の万喜助(まきすけ)師匠と弟弟子のコロ助。
万喜助師匠は、いかにも女性ウケしそうな小洒落た出で立ちで、こういう落語家さんいそう、と笑ってしまいました。
また「講談より落語の方が人気」という、このお話の根底にある設定を一発でわからせてくれます。
さらに、たった一言でキャラクターの個性を際立たせる手腕は、さすが!! としか言いようがありません。思わず私が唸(うな)ったセリフは、
男の講釈師は上野のパンダ並みに繁殖難しいから!
名前も出てこない常連客のセリフですら、こんなに面白いのです。
思わず「こいつぁ、本物の講談を聞かねばなるめぇ」とばかりに講談を聞いてみたところ、こちらも面白い!! 講談ってこんなに面白かったんだ!! と今まで聞いたことがなかった自分を恥じました。
この作品は、今をときめく人気講談師、六代目神田伯山さんが監修をしていて、YouTubeの「伯山トーク」では、『ひらばのひと』の作者である久世番子(くぜばんこ)さんとも対談をしています。
滅多に聞けない作品誕生の裏話も聞くことができ、とても面白いので、こちらも是非チェックしてみて下さい。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp