本屋に足を運べば毎月のように新しい異世界作品が生まれていて、ほとんどのタイトルが異世界モノなマンガアプリもあるくらいの異世界トレンドがマンガ業界に巻き起こっています。
本稿でご紹介する『この世界は不完全すぎる』は、そんなゲーム世界への転生モノと思いきや、お仕事モノとも言えちゃう、異世界もののアンチテーゼと言って過言ではない作品です。ではなぜ本作が異世界モノのアンチテーゼなのでしょうか?
異世界転生などのいわゆる異世界モノは、オンライン小説投稿サイトから生み出されるライトノベルで不動の人気を誇っているテーマです。
一般的に異世界モノは設定的なギミックをうまく扱う作品に恵まれています。コミカライズされている作品ならなおのこと。
そしてRPG世界の「お約束」をうまく物語に生かしているから興味を惹かれやすくてとっつきやすく、ついついページをめくってしまう作品が多いのです。
また、「お約束ごと」として主人公サイドがとにかく強いので、ストレスなく読めるという作品も多くみられるでしょうか。
そんな感じでついつい読み進めてしまうこのジャンルの作品。多くの作品に目を通してみて見えてきたものが1つあります。それは異世界というよりも「ゲーム世界」への転生という方が正確なのかもしれないということ。
ステータスだとか、レベルだとか、スキルだとか。メタ的な概念や舞台装置が多く扱われ、純粋なファンタジー世界への転生というわけでもない、という設定を持つものが多く、まさに書き手と描き手のテクニックがモノを言うレッドオーシャンなジャンルになっています。
そして本作『この世界は不完全すぎる』。こちらはもうド直球でゲーム世界への転生です。なぜなら「デバッガー」が実際にゲームの世界を調査していると言う設定だから。
VR世界を冒険する体感型ゲーム「キングス・シーカー・オンライン」のデバッガーとして調査するハガ。
デバッグのアルバイトでこの世界にログインしたものの、なぜかログアウトできずにゲーム世界に閉じ込められてしまったハガ。1年以上も閉じ込められた状態で、真面目に仕事しないでゲーム世界で好き勝手するデバッガー同業者を尻目に、彼は真面目に業務に取り組めば出られると信じて仕事に打ち込んでいました。
そんな彼が仕事に打ち込む過程で巻き込まれる闇堕ちした同業者とのトラブルや、目の当たりにするゲームの謎を、持ち前の真面目さで愚直に対処していく骨太な物語です。
いわゆる異世界もののチート能力のようなものが、「その世界の仕組みを知っている」「ゲームのバグを活かせる」と言うデバッガーとして真面目にやってきたことの蓄積なのでいちいち重みがありますし、ハガの誠実な人柄による行動に好感を覚えるので、興醒めせずに作品世界に浸れるでしょう。
よくある異世界モノがあくまで物語の登場人物だったとしたら、本作は神の視点に近いわけです。しかしながら神ほどの権能は持っていないので、メタ的な視点で物語を進めていくのです。存在そのものがメタ。と言うところが本作を、メタ概念を都合よく扱う異世界モノのカウンターパートにしていると言っても過言ではないでしょう。
デバッグの大変さ、めんどくささはIT業界の人にとってはとても共感する内容だと思います。Webのバグとりもそうですし、システムのバグとりもそうですし。ゲームなんてとんでもなくめんどくさいと思います。ですけど、デバッグしてくれる人がいるおかげで日々安心してシステムやゲームに触れられていると思っています。
壁にぶつかりながら歩いて抜け道を探したり、
いろいろな条件でイベントに取り組んだりして「負けイベント」を検証したり。
そういう意味では異世界モノであって、お仕事モノとも言えるのが本作です。
ゲーム世界の「あるある」を開発の現場から見た本作は、ヌルい異世界に食傷気味なあなたもきっとハマれることでしょう。
レビュアー
静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。