昔、ミケランジェロという名前しか知らなかった私が、バチカンのシスティーナ礼拝堂の大壁画『最後の審判』を初めて見たとき、あまりの衝撃で動けなくなりました。
この壁画には天国と地獄が一緒に描かれているのですが、「この世に神様なんていない」とヤサグレていた私が、一瞬にして「これからは善人として生きよう」と改心させられたのです。
ミケランジェロの作品には、それぐらい人の心を動かす迫力があります。
『鉄槌とピエタ』は、最も神に近い芸術家と言われたミケランジェロが、まだその才能を開花させる前の15歳から始まります。
イタリア・ルネサンス期、若き芸術家達を支援していたフィレンツェのメディチ家で、彫刻家になるための修行をしていたミケランジェロは、ある日、空から落ちて来た大天使ガブリエルを助けます。
あまりの美しさに、思わずデッサンをするミケランジェロ。
ところが、大天使ガブリエルはその絵を見て……、
まるで “黒天使”のような横暴でオレ様なガブリエルですが、ミケランジェロもなかなかなの奴です。天使を救った対価としてこう言います。
なんとも大胆な設定ですが、最高峰の芸術家には、こうした“守護天使”がそばに居たのではないかとさえ思ってしまいます。
それぐらい人間離れした作品を実際に見ているので。
『鉄槌とピエタ』の中で、私が特に面白いと思ったのは、成人したミケランジェロが詐欺の片棒を担いだ話です。
これは実際にあったエピソードなのですが、ミケランジェロは生涯で1度だけ、自身が作った彫刻をわざと汚し、古代彫刻のように見せかけて高値で売ったのです。
それには依頼主であるメディチ家の没落が関係しているのですが、芸術家としては当然、そんなモノは作りたくないわけで……。
仕事放棄のミケランジェロに対し大天使ガブリエルは、まさに挑発とも言えるこんな発言をします。
まったくもってガブリエルは、“黒天使” です!
しかも、このニセ物を買い付けたのは、なんとローマ教皇庁No.2の地位である枢機卿(すうきけい)の中の1人、リアーリオ枢機卿。
当時のローマ教皇庁は、全世界に広がるカトリック教会のトップとして絶大なる権力を持っていたので、罪を認めれば吊るし首にされて終わりです。
ところが、ひょんなことからローマで仕事をすることになったミケランジェロ。
私はミケランジェロがバチカンで様々な傑作を遺したのは、時の権力者であるローマ教皇に腕を買われて招聘されたのだと思っていたのですが、実は違ったようです。
人生はどんなきっかけで変わるか、本当にわからないものだなぁと思いました。
そして、神と崇められた天才でも、それが認められるまでには、やはり苦しい大変な時代があったのだとわかり、なんだかホッとしました。
今回、『鉄槌とピエタ』を読むにあたって、ミケランジェロだけでなく、メディチ家や彫刻や政治的背景など、気になったことを調べながら読んだので、なかなかページが進みませんでした(笑)。
でも、そうした背景を知ると、もっと面白くなります。
25年前、システィーナ礼拝堂の『最後の審判』を見て衝撃を受けた私ですが、正直、サン・ピエトロ大聖堂の『ピエタ像』を見ても、『ダビデ像』を見ても、ふーん、としか思いませんでした。
なぜなら、私に彫刻の知識がなかったからです。本当に勿体ないことをしました。
私みたいにならないように、読者の皆さんにとって『鉄槌とピエタ』が芸術への入り口になるといいなと思いました。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp