「少数派を意識すると急に寂しくなって」
「相手の立場になって考える」ってなんてむずかしいのだろう。子どもの頃さんざん教わったはずだけど、大人になるにしたがい「いろんな人がいる」と知り、同時に「私はこういう人なのかあ」と気がついて、私の内側にも外側にも「違い」が山盛りじゃないかと途方に暮れる。その「違い」を誰かに打ち明けて「いいと思う!」とかって言われると、サーっと一気に引いてしまう。いい悪いじゃないし、あなたからのOKは特に求めていないのですが、と思うのだ。
でも「違い」は知りたい。相手の「普通」が知りたい。もし教えてもらえるのなら、教えてほしい。
『性別X』は「女性は好きだけど、レズビアンではない人」「心の性が男でもあり女でもある人」の物語だ。作者のみやざき明日香さんの体と心を通して見る世界って、私が見ている世界とどう違うのだろう。
知らない世界だった。「教えてくれー!」と思いながら読んだ。
冒頭にこんなページがある。
「少数派を意識すると急に寂しくなって」。この1コマで胸がヒュッと握りつぶされそうになった。そりゃそうだよね、寂しいよね。
第1巻では2019年に作者が経験した出来事が描かれている。すべて、ものすごーくパーソナルな物語だ。というか、2019年ってつい最近じゃないか! だから、ますます生々しくてヒリヒリする1冊だ。
親友の結婚から3年半
みやざきさんの性別“Xジェンダー”はどういうものか?
分類がわかりやすい。
知らなかった。みやざきさんが「自分は女性が好き」と明確に自覚したのは、ある出来事がきっかけだった。
親友“K”の結婚。「男性は恋愛対象じゃない」と言い合った大好きなKが「安定したい」と男性と結婚するのだという。
ショックな出来事があったとき、その人がどう振る舞うかで、どのくらい傷ついたかがわかる。みやざきさんはKと絶縁する。みやざきさんの傷の深さが察せられる。
そこから3年半後、共通の知り合いからKの出産について知らされる。この衝撃たるや。
自分と同じだと思っていた人が、自分とは違う人だったとわかるって、寂しいことだろうな。冒頭で紹介した「少数派を意識すると急に寂しくなって」というくだりを思い出してほしい。そりゃ、3年半かかるよなあ、と思う。
そしてみやざきさんは「今度こそ自分と同じ人に出会って、幸せになる」と決める。性別Xとして生きて、性別Xとして幸せになりたいと明確に願うのだ。
性の嗜好、葛藤、そして性格
「幸せになるぞ!」と心に誓うもなかなかうまくいかない。
みやざきさんは作品の中で自分の性についてとても率直にたくさん語っている。
このあたりから読んでいる側も少しずつみやざきさんの性に対する解像度が上がってくる。
みやざきさんが自分の肉体に対して抱く嫌悪感と苦悩は本作のあちこちで登場する。
性自認が「女」じゃないのに月経があるの、ひたすら理不尽だろうな……。このあと語られる生理への嫌悪感、私はとても共感できたし、ヤングマガジンサードっていう男性読者も多い媒体で語られたことがとても嬉しかった。
こうした性別Xとしてのあれこれと同時に、みやざきさん本人の個性も大切な要素だ。そりゃそうですよね、人を好きになるとき、性別だけじゃなく個性や人生観も見ます。
あ! 帰りたすぎるオフ会、これは私も経験がある!
人生に対する考え方の違い。これもよく遭遇する。自分をハッと見つめなおして寂しくなる問題だ。
幸せになりたくてもがくことは、基本的に寂しくてハードな行為だ。だから読むと「ああ、心から大好きで安心できる人に出会ってほしい……」という気持ちになる。
誰かと深い関係を結ぶときに性別は関係ない、なんて私は口が裂けても言えない。そして性だけで人が繋がれるわけでもない。やっかい。だから出会えたら本当に幸せだ。
最後にセクシャルマイノリティに関するコラムを紹介したい。
「クィア」という言葉は最近とてもよく耳にする。「私は一人ぼっちじゃない」ってみんなに思ってほしいよ……。
自分の性とどう付き合うか。自分の性をふまえたうえで、他者とどう関わり、いかにして好きな人と出会い、幸せになるか。いろんな性の人にしみる現在進行形のマンガだ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。