全身がスパークする
「恋をしたら心も体も活性化される」は真実だと思うけれど、同じくらい「全身ズタズタになります」という警告も信じている。ときめきと喜びがスパークするような恋愛と、そうでない恋愛でいうと『あなたはブンちゃんの恋』で描かれるそれらは圧倒的に後者で、主人公の“ブンちゃん”は豪快に転んでばかりだ。例え話じゃなくリアルに転倒しまくる。
ほぼ全エピソード傷だらけだし髪はボッサボサだし泥と涙で顔もベタベタ。心もボキボキに折れ、もはや無傷のところを探すほうが難しい。
なんなら“悪霊”にまで粘着されている。
でも超絶光りながら大爆発するマンガなのだ。人付き合いもうまくないし、好きな人に好きとも言えない。そんなブンちゃんの細胞がときどき光って見える。そう、恋がブンちゃんを活性化させまくっている。
目に涙をいっぱいため、ズタズタになった体を引きずり、周りからドン引きされながら患う恋ってめちゃくちゃ眩(まぶ)しい。やめられるわけがない。
ところで、好きで好きでしょうがない人の抜け毛を愛しげに見つめたことはあるだろうか? 私はある。
猛烈な片想いは人をどう変えるか
“ブンちゃん”は大昔からたった1人の人への猛烈な片想いに苦しんでいる。
“三舟さん”。同じ中学校に通っていた頃は毎日三舟さんに会えていたのに、大人になってからは仕事も住んでる街も別々。でも2人は年に一度、「ある日」だけは必ず会う。
それは友達の“シモジ”の命日。いつも一緒だったシモジは、昔プールで溺れて死んでしまった。シモジの思い出をたくさん語るのは三舟さんで、ブンちゃんは言葉少なめ。全身全霊で三舟さんを感じとるのに夢中だ。
で、ブンちゃんは三舟さんに「好き」と言うことができない。自分の思いをひたすら隠し、その人に手を伸ばせないことが、こんなに傷を作るのか。片想いって「見てもらえない瞬間」の連続なんですよね。片想いする側は相手の産毛すら見ているのに。
本作はこの葛藤をいろんな味付けで描く。ドライだったりウエットだったり、コミカルだったり。めっちゃくちゃ辛いんだけども笑ってしまう。
好きすぎていっそ嫌いになってしまいたい……思い余ってヨガみたいなポーズで三舟さんに電話をかけてしまうブンちゃん。
苦しみから解放されたいブンちゃんは、次第に突飛な行動へと駆り立てられてゆく。
三舟さんをスパッと吹っ切る旅に出るか~と思ったら、
パンフで三舟さんに似た人を発見! ちっさい写真なのによく見つけるなあ……。
三舟さんのそっくりさんに会いたくてマジでグリーンランドまで行ってしまう。つまりブンちゃんは、ちっとも片想いから自由になれない!
雄大なグリーンランドと、それが目に入らないブンちゃん。求めるものはただ1つ、三舟さん。なんて美しいページなんだろうか。本作は背景の絵もめちゃくちゃ良いんだよなあ……。
ちなみに片想いを抱えるのはブンちゃんだけではない。
見よ、この登場人物全員の視線の交わらなさを。切ない。「うまくいかないから好きになるのをやめる」なんてできないことを、恋は亡霊のようにつきまとうことを、『あなたはブンちゃんの恋』は丸々1冊かけて描く
私は2巻以降について「ブンちゃんの恋がうまくいきますように!」と祈ることがあんまりできない。期待していないわけじゃない。ブンちゃんはすでに恋に包まれ、それがあまりに美しいからだ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。