「あの京極堂」が先生だった頃……!
最初にお伝えしたいのは、“京極堂”という人物をまだ知らない人でも学園ミステリーとして楽しめるという点だ。本作から百鬼夜行シリーズに入って、他の作品を読むと「あの人がその後……!」となるのも絶対おもしろい。
そして、ファンの私は、存分に興奮した。
京極夏彦の初期の作品はどれも制服姿で読んだ。大好きな女友達が「おもしろいよ」と教えてくれた『姑獲鳥の夏』。それから『魍魎の匣』、『狂骨の夢』、『鉄鼠の檻』とモリモリ立て続けに本屋さんで買って、物語がおもしろいことはもちろんだが、レイアウトの美しさに惚れ惚れして、本の分厚さに興奮した。(どんどん厚くなっていく背表紙にテンションが上がった)
なので、百鬼夜行シリーズのオリジナルスピンオフ漫画『中禅寺先生物怪講義録 先生が謎を解いてしまうから。』に興奮しないはずがないのだ。舞台は『姑獲鳥の夏』から2年さかのぼった昭和23年。“中禅寺秋彦”が“京極堂”となる前の物語。しかも高校の国語講師!
このセリフを待っていたよ……! 制服姿のかつての自分と一緒にグッと力みながら読んだ。
新制高校に現れた“国語講師”
本作の主人公は“日下部栞奈(くさかべかんな)”。東京にある新制高校2年の女学生。
彼女が手に取った本を見てニヤッとなるファンは多いんじゃなかろうか。
本作はミステリーだ。しかも「怪異」とぴったり合わさったミステリー。なので、どうにも不気味でイヤ~~な怖さがある。まず、栞奈の通う高校で「幽霊を見た。呪い殺される」と真剣に怯える同級生が現れる。
学校あるあるの「怪談話」だが本人たちは切実。だって本当に何かを見たんだもの、しかもどう考えても不思議。そりゃ怖いだろうし、こんなの絶対見たくない。
時を同じくして、栞奈はとある事件の当事者となってしまう。
バスの中で財布を見つけ「落としましたよ~」と声を上げたら、なんと落とし主が3人も名乗り出てしまう。しかもみんな本当っぽいことを言う! 嘘つきは誰? 財布を巡ってもみ合いに! そんなカオスへ静かに割って入るのが、その男、“中禅寺秋彦”だ。
いきなり狛犬の話から始まる。中禅寺秋彦の知性と博識がドライブしまくる推理を堪能してほしい。
このとき栞奈はまだ"その男"が何者なのかを知らない。でも程なくして栞奈の教室に現れ……、
めちゃくちゃ不機嫌そう。いい、この仏頂面が見たかった。
こうして女学生・栞奈と国語講師・中禅寺秋彦の怪異奇譚がはじまる。
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
栞奈は身の回りで奇妙な事件が起こると中禅寺先生の教えを請うようになる。本作に登場する事件には常に「妖怪」や「呪い」の姿がちらつく。
栞奈の学校に古くから伝わる七不思議“赤い紙 青い紙”を彷彿とさせる事件。密室で起こった事件っていうか「呪いじゃ~!」だ。
そこで中禅寺先生の出番だ。先生は日本の伝承に超絶詳しい。とくに妖怪の解説がめちゃくちゃ楽しくて読み応えがある。
このあとも先生の妖怪講義は止まらない。
妖怪や呪いにまつわる膨大な知識とロジカルな推理と言葉を使いこなし、不思議で不気味な謎に「正体」を与えるのが、ミステリー界における中禅寺秋彦のスタイルだ。「この世には不思議なことなど何もない」という彼の口癖どおり、呪いは晴れるのだ。
じゃあ、怖いものなんて何もないの? 「なーんだ」って感じ? いや、そうではない。
たとえば「特殊な体質」の人間がいる。
彼には「何か」が見える。常人には決して見えないものだ。私はこの人が好きで、卒業文集に「こういう人と逗子に行く」と人生の予定を書いた。本作で再会できて大変うれしい。
「呪いはあるしお化けもいるよ」と静かに語る中禅寺先生……この薄闇の世界がとてもいい。
本作は学園モノで、主人公は女学生。なので、どのエピソードもどこか優しい爽やかさがある。でも、中禅寺先生の「お化けもいるよ」という言葉が耳から離れず、ふとしたはずみにジットリ生ぬるい空気がすすっと忍び寄ってくる。薄暗いトイレに行くのがちょっと怖くなるアノ不気味さを思い出してほしい。あれが来る。だから読むと思わず「うへえ」と声が出る。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。