『僕だけがいない街』に出会ってからすっかり三部けい先生のファンです。想像を優に超えてくる伏線の回収。スピーディーで「えっ?」と驚くトリック。時間や時空を使った一見非現実的なようで、数ページ読むとその世界感に引き込まれる不思議なテンポの魅力。物語がダラダラと続くことがなく、常に新しい展開を見せてくれて、はっと我に返るころには最終刊を手に持ち、事件が解決している──。
今まで読んできた漫画とは一線を画す、まったく新しい謎解き漫画の描き方なのではと感じています。
三部先生の『夢で見たあの子のために』も単行本で読んでいますが、なんと! 新刊リストに新連載の漫画があるではありませんか。大好きな漫画家さんの新作が読めることに喜び以外の感情はありません。読者冥利に尽きます。この世界には楽しみに待つ漫画がたくさんあります。
物語は小さなアパートに住む小学生の兄と妹のきょうだいの描写からはじまります。母親はネグレクト気味で家を空けるとなかなか帰ってきません。少ない食べ物を分け合いながら、なんとかきょうだいで生き抜いています。
近所や学校でも少しずつふたりの雰囲気を察して、パンをくれる同級生がいたり、家庭訪問をしようと動いてくれる先生がいたり。
冷静で洞察力があり機転の利く兄・湊と、ほんわかマイペースで優しい妹・渚は、汚れた小さなアパートでいつ帰ってくるかわからない母を待ち続けます。
渚の誕生日が近づくある日、母が湊を迎えに久しぶりに学校へ来ます。もう帰ってこないかもと思っていた湊は、母の姿に張っていた気をゆるめます。母の提案で、急に遊園地へ行くことに。親子3人で出かけます。たくさん遊んで陽も落ちた頃、母は湊に財布の中身を渡し、観覧車へ乗ることを促します。
■子どもを観覧車に乗せて、ひとりで去っていった母
観覧車の外で手を振る母。小さな手に身体の体重を預け、ガラスの窓に張りつく渚。残酷なまでに「サヨナラ」と手を振り去って行く母。たった一度だけ振り向きそこから消えていく。すべてを悟る湊と、母を心配する渚。どこへも行けない観覧車の小さなゴンドラの中。追いかけることもできない母の背中をきょうだいでただ見つめるのみ。
悪天に雨が強まり雷も鳴り始めると、運悪くきょうだいの乗るゴンドラに直撃する。
雷の大きな衝撃でほんの一瞬気を失い、ゆっくり目を覚ますと湊の目の前には倒れた女性が。状況が飲み込めず驚きながら見渡す湊。ガラス窓に映る自分を見て驚きます。自分がまったく知らない成人男性になっている。「これって……ボク!?」
なんと観覧車の雷に打たれた衝撃で、同じ観覧車の別のゴンドラに乗っていた男と湊が入れ替わってしまったのです。男は黒松。犯罪を犯し、警察と悪の組織・恫道会に追われていました。犯罪に手を貸した、椿と呼ばれる謎の男が隠している1億2千万のお金。それを奪い取ろうと計画します。
指名手配犯人にして殺人者・黒松。
母に見捨てられた11歳の少年・湊。
ふたりの肉体と魂が雷によって入れ替わり、少年になった黒松と殺人者になった湊のお互いの目の前には妹と死体になった女がいる。
■肉体と魂が入れ替わった少年と殺人者の今後は
与えられた条件と環境の中で、創意工夫してなんとかピンチを切り抜ける。ここから三部けい節が炸裂し、漫画は急展開していきます。
ここまでだけでもまだ1巻の半分ほどです。そう言うと、いかにスピーディーで余計なものがなくシンプルに、読者を本題の謎解きワールドへ導いていくか、そのすごさが伝わるかと思います。私も読みながら「え? まだ半分くらいだよね? え?」と驚きました。濃密です。そして濃密な面白さにページをめくる手が止まりません。
いなくなった母、黒松の過去、黒松が関わった事件、湊の機転の良さと行動。ザラメというかわいい犬。同じアパートに住み、きょうだいを気にかけてくれる双葉姉さん。どこが伏線でどこが繋がって、どこが「あ~!」と唸るポイントになるのか、誰が事件解決の糸になるのか、そもそもこの事件の真実とは。200ページくらいの1巻にピースが詰め込まれていて、読み終わったらもう一度表紙から読み直したくなり、3回連続で読んでいました。
黒松の姿になってからの湊の推理や機転の利かせ方が秀逸です。「本当に小学生だろうか? なんと立派なんだろう」と賢さにやや不安になるほど……。ただ、母親からネグレクトを受ける中、妹を守りながら生き抜くために、賢くなり洞察力が優れていったんだろう。その過程で、他者の空気を読む能力が異常に長けたのだろう。そう汲み取るとしっくりきます。
子どもだけど大人以上に心が強く育っている。達観した状況把握能力がある。その頼もしさにこの漫画の面白さの神髄があるように感じました。
ぜひ、漫画でこのギミックの面白さとスピード感を体験していただきたいので、これ以上のネタバレは書くのをやめます。「とにかく面白いので読んでほしい」と最後に締めさせていただき、今回のレビューは筆を置こうと思います。「水溜まりに浮かぶ島」という詩的なタイトルの真の意味に出会えるまで、読み続けます。
レビュアー
AYANO USAMURA
Illustrator / Art Director
1980年東京生まれ、北海道育ち。
日常を描くイラストが得意。好きな画材は万年筆。ドイツの筆記具メーカー LAMY の公認イラストレーター。
著書『万年筆ですぐ描ける!シンプルスケッチ』は英語翻訳されアメリカでも販売中。
趣味は文具作りとゲームと読書。
https://twitter.com/ayanousamura