高田裕三の集大成
「25年前、ロボットものを依頼された。そのときは断ったが、「ロボットを描く」というテーマはずっと頭の片隅にあって、考え続けていた」(表紙折り返し著者の言葉より要約)
本作『無号のシュネルギア』は、長い長い構想期間を経てついに実現した高田裕三先生のロボットものです。オビには「高田裕三の集大成」とありますが、誇張ではありません。
この作品が深い思索の産物であることは、まだ名前ぐらいしか紹介されていないキャラクターが山ほどいることでわかります。間違いなく彼らひとりひとりも物語を持っており、この世界を構成する大事な要素としてそこにいるのです。彼らのプロフィールを明かしていくことが、いまだハッキリと明かされていないこの世界の性質を知ることにつながるでしょう。
かわいい女の子を描く
明治大学の漫画研究会の学生だった高田裕三先生に雑誌掲載の機会をあたえ、プロの漫画家への道筋をつくった編集者が、こう語っていたのを聞いたことがあります。
「高田さんの描く女の子は本当にかわいくてねえ。当時、『ヤングマガジン』にはかわいい女の子が描ける作家がいなかったんだよ」
『ヤングマガジン』は現在でこそ大きな力を持つ雑誌ですが、当時は創刊されたばかりで、連載したいという作家も多くはありませんでした。「かわいい女の子が描ける作家」がいなかったのではなく、「かわいい女の子が描ける(創刊したばかりの雑誌にも描いてくれる)作家」がいなかったのです。
高田先生の代表作であり、最大のヒット作となる『3×3EYES』が生まれる前の話です。
「残念ながら、『3×3』は僕が担当していた作品じゃない。高田さんがああいう作品(伝奇もの)を描きたかったんだって、僕にはわからなかった。でも、『3×3』の連載前も高田さんには継続して描いてもらっていた。彼の描く女の子を載せたかったんだよ」
『3×3EYES』の誕生
それからしばらくして、高田先生ご本人にお話をうかがう機会にめぐまれました。先生は言っていました。
「自分の仕事はかわいい女の子を描くことでした。化け物ばっかり出てくる作品は求められてないって、わかっていました」
たとえば水木しげる先生の諸作のように、伝奇をテーマとするマンガ作品は決してめずらしいものではありません。高田先生はそれが自分の描くべきものではないことを知っていました。
自分にはなにが求められているか。
これを知ることは、そう簡単なことではありません。それは「自分が求めているもの」とまったく異なっていることも多いからです。
才覚ある人は、人の要望もきちんと消化しつつ、自分の欲求もかなえます。かわいい女の子が伝奇世界で活躍する(当時としては)画期的な作品『3×3EYES』はこうして生まれました。
戦う理由とは生きる理由だ
現在、高田先生はすでにベテランと呼ぶべき作家になっています。マンガ雑誌の編集長で、先生より年長の者はおそらく、いないでしょう。しかし彼は「要求をクリアしつつ、自分の世界をつくる」というデビュー時からの命題に、いまだに挑戦し続けています。
本作『無号のシュネルギア』の要求とは、「これまで描かれたことのないロボットものをつくる」です。
ロボットはジャパニメーションの中核です。はじめて人が乗り込む形でロボットが描かれた『マジンガーZ』以降、現在に至るまで、途切れることなく作品がつくられてきました。その方法も、ほとんどすべてやりつくされていると言っても過言ではないでしょう。
『シン・ゴジラ』そして『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督が語っていました。ロボットもので難しいのは、主人公をロボットに乗せることだ。なぜ彼は乗らなければならなかったのか。それを描くことだ。
ロボットに乗るとは戦うということであり、戦うとは死ぬかもしれないということです。ふつうの少年なら、はいそうですかとパイロットになることを受諾することはあり得ません。そこにはかならず彼が納得する理由が必要であり、それはそのまま作品のテーマ(戦う理由)になり得るものです。
本作『無号のシュネルギア』第1巻では、ここをたいへんていねいに描いています。
主人公のシロがシュネルギアのパイロットとして「選ばれた」のは、表面的には「AIが導いた」からです。しかし、そこにはもっと深い意味が隠れています。
どうやら「シュネルギア(「協調」を意味する)」には、ロボットだけではなく、パイロットとして「選ばれた」者と、協調する意味があるようです。これは人のありかたを大きく変えるものだと言えるかもしれません。
本作は、ありふれた「ロボットもの」でありながら、いまだ誰も語ったことのない物語を語っていこうとする意欲作です。今後の展開がとても楽しみな作品であります。
『3×3EYES』は1990年代に起きたある事件を予見していたと語られることも多い作品でした。SF作品はそう評されることも多いのですが(アシモフの予見の多いこと!)、2019年に描かれた本作もまた、今年(2020年)の状況を予見していたと言えるかもしれません。
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/