「兵庫県佐用郡」の意味
『ギルドレ』の端々に織り込まれた単語にニヤッとする人は結構多いんじゃないかと思う。私も「そういえばちょっと知ってる」と盛り上がるところがあちこちあって楽しかった。
本作は「兵庫県佐用郡」から始まる。ここでテンションがバチンと上がる。
ここがどういう場所であるかは、量子力学を好きな人なら知っているはず。ここには大型放射光施設「SPring-8」がある。極端にざっくりいうと「粒子と粒子を超絶ものすごい速さでぶつけて観測する施設」だ。どでかい輪っか状の建造物が目印。
『ギルドレ』は、1ページ目からこの実在する施設の「跡地」でドンパチやっているのだ。なんかワームホールとか作っちゃって。SFって夢がある。やっぱり超たのしい。
月が落ちてくるまで、あと48分
物語は正体不明の生体兵器群“敵(エネミーズ)”との戦いから始まる。
エネミーズは先述した「兵庫県佐用郡の加速器」を乗っ取ってワームホールを生み出し、月を地球に落下させようと目論み中。はるばる地球までやってきて、めっちゃ敵意むき出しで、人類が作ったものをちゃっかり有効活用して悪事を働くあたりが特撮SFの世界観のようでニヤッとしてしまう。こういうお約束って大事だ。で、本作の人間たちはちゃんと応戦するもエネミーズが強過ぎて歯が立たない。戦死に次ぐ戦死。あと48分で月が落ちてくる……!
そこにひょっこり現れるのがパーカー姿の若者だ。
軍人でもなんでもなさそうだし、なんならコンビニ帰りのような彼は、あっさりエネミーズを倒してしまう。装甲をまとったゴリゴリの軍人が勝てない相手に、なんでこんな非武装の若者が? ……と、不思議に思う気持ちは作中の人々も同じで、このパーカー君は“世界最弱の救世主(ミニマム・ワン)”という名前で呼ばれることに。ミニマム・ワンはこの日、敵(エネミーズ)を一掃して「月落下作戦」を阻止し、サラッと姿を消してしまう。ほんと何しに来たんだろう。
記憶のない主人公と、繰り返される「もしも」
それから3年後。主人公“神代カイル”は知らない車の中で目を覚ます。
この綺麗なお姉さんのことも、車のことも街の様子も、すべてカイルには見知らぬもので、自分が誰なのかもわからない。
あの月落下作戦の後も戦いは続いているようだ。ここは「戦闘都市アラヤシキ」という土地らしい。
こんな大きなものも襲ってくる。なんかもう出てくる敵(エネミーズ)がみんな強い……。「大きくて強い敵(エネミーズ)」って大事だなと思う。
ここで察しのいい人は「ミニマム・ワンの正体は神代カイルなんでしょ?」と思うかもしれない。正解については触れずにおくが、その答え合せの過程が面白いのだ。
そのキーワードとして1つ挙げたいのは「もしも」だ。
こんな風にセリフの端々で「もしも」が語られ、
カイル以外の人間は、みんなほんのちょっとしたことがきっかけで命を落としてしまう。そう、「もしもそのルートを通っていなければ」「もしも数秒タイミングがずれていたら」そんなことばかりが起こるのだ。ゲームのコンティニューボタンを選ぶときの「次こそはミスチョイスをしないぞ」と念じるときの気持ちになる。
武器も持たず、状況もわかっておらず、記憶もないけれど、カイルは彼だけにできる「あること」でその状況をきり抜けていく。
先に述べた「SPring-8」を知っている人はカイルの姿を見て「あーなるほど」と理解し、ニヤッとすると思う。この「あーなるほど」の描写が親切でわかりやすいので、ハードなSFが苦手な人にもすすめたい。
ちなみにカイルが守りたい「あの子」とは、両手両足が戦闘用義肢の少女“ニィナ”。
「ギルドレ」と呼ばれる彼女の物語も並行して進む。1巻では歯を食いしばって戦うシーンが多い。苦難のヒロインのようだ。
でも暗くて重たいノリではない。戦いやメカニックデザイン(設定資料ラフつき。見ごたえあり)はハードなのに、軽妙なテンポでシリアスとポップを行ったり来たり。サービス精神旺盛なSFだ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。