「もしもやり直せるなら、いつの時代まで戻る?」
そんな問いかけは、誰もが一度は誰かに質問されたり、あるいは自問自答したことがあるだろう。「あの頃に戻れたら」は普遍のテーマでもあり、大小の違いはあれど、人は今の自分の選択を後悔したり、選ばなかった運命を夢想したりするものなのだ。
そして、この物語の主人公・晴田真帆は、まさに「あの日の後悔」を取り戻すべく、10年前にタイムスリップする。
物語は、売れっ子漫画家となった真帆の「何も描けない。これまでの漫画はすべて自分が作ったものではない」という告白の手紙から始まる。1ページ目にこの手紙がバーンと載っているのを見たとき、一瞬、作者自身の告白なのかとドキッとした!?
そんな手紙を受け取った担当編集者の嵐景政が慌てて真帆の家を訪ねると、「ある人が作った原案とキャラを転がしていただけ」と話すのだ。
そして、真帆は10年前、女子高生だった時代の後悔を振り返る。
高校時代、「一緒に漫画を描く友人が欲しい」と思い、漫画部に入部した彼女は、そこで漫画家を目指す先輩、雪嶋周に出会う。
漫画に情熱を燃やす雪嶋に影響され、自分も頑張ろうと思う真帆だが、なかなかストーリーができず、あせるばかりで漫画を描けなくなってしまう。
そんな中、厳しく正論を言う雪嶋に「先輩に会わなければ描けていたのに!」という言葉を投げつけてしまうのだ。ああ、これもまた誰もが一度は経験していることのはず。あの日、あの時、誰かに放った自分の心無い言葉。自分を振り返って思い出すと胸が痛む人もいることだろう。
けれど、真帆の胸の痛みはそんなものでは済まない。あやまろうと決意して電話をかけたら、「昨晩、兄は死にました」と妹から告げられるのだ。これはキツい……。
持病の心臓病で倒れた雪嶋は、妹にあるものを託していた。雪嶋の漫画のアイデアが詰まった設定ノートだ。「あなたに渡すよう頼まれた」と手渡されたノートには、「晴田に会えたから描けた」と震える手で書いたような文字が!
うーん、このセリフは受け止めるのキツい……。
そして、10年後の世界で真帆を売れっ子漫画家へと押し上げたものこそが、この設定ノートであり、以来、真帆は「もしも人生をやり直せるなら、この作品を先輩に返したい」という行き場のない思いをずっと抱えたままでいたのだ。
そして、真帆は唐突に戻りたいと強く願ったあの頃にタイムスリップすることになる。命日まであと4ヵ月の時期。今度こそ、雪嶋のためにできることなら何でもやろうと考えた彼女は、彼の漫画を完成させようと決意する。
戸惑う雪嶋を叱咤激励(しったげきれい)しつつ、タイムスリップ前に漫画家として培(つちか)った画力を生かして手伝った作品は、デビュー賞を受賞。「運命って変えられるんだ!」と真帆は歓喜するのだ。
しかし、タイムスリップものの並行世界では、「前回と違う選択」をすれば、ルートが変わってしまうのは定石。喜んだのもつかの間で、1週目とは違う展開が始まり、そう簡単に運命は変えられないのかもしれない……?
と、ここまでのあらすじだけ聞けば、「ああ、タイムスリップで何度もやり直す展開ね」「死んじゃうとか、ちょっと少女漫画チックだよね」と思う人もいるだろう。しかし、この作品の見所・勘所は、ストーリーに引き込む別の部分にあると私は思う。
そう、注目すべきは、「細部の描写が妙にリアル」というところなのだ。
たとえば、雪嶋の葬式で棺に入れられた顔を見た真帆は、無表情のまま、「先輩、メガネがないとこんな感じだったんだ」と思うのみ。突然の死に直面した人間の反応としては、泣き叫んで悲しむ姿よりもずっとリアリティがあるだろう。
そして、この他のシーンでも、端々にそうしたリアルさがあり、奇妙な既視感を味わえるのだ。
また、漫画を描く作業の中でも、作者の職業が漫画家であるからこそのリアルさを感じられる。
真帆が10年かけて画力をアップした背景は、「写真のトレースを毎日30枚以上欠かさず練習して、10年で10万枚以上」。そして、「本気でプロになるなら目の前の原稿に全部の可能性を注げよ、ゴラァ!」と叫ぶ姿も、作者本人の実体験ではないだろうか。
悲しみ、怒り、喜び、戸惑いまで、要所の細かい描写に注目すると、この作品の面白さはより一層増すはずだ。「あ、こんな気持ち、味わったことある」や、「漫画家ってリアルにそういう感じなのか」を体感しながら、真帆がタイムスリップのループとどう戦っていくのかを見守ってあげてほしい。
レビュアー
貸本屋店主。都内某所で50年以上続く会員制貸本屋の3代目店主。毎月50~70冊の新刊漫画を読み続けている。趣味に偏りあり。
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