何の予備知識もないままパラパラ漫画のようにページをめくり、中身を予想するのは、漫画だからこそできる楽しみの1つなのですが、今回、パラパラとめくったときに、私の苦手とする漫画かもしれないと思ってしまいました。というのも、かなり際どいエッチなシーンや、残虐なシーン、黒塗りの暗い絵が多かったからです。
ところが、1ページ目から、これでもかこれでもかと息をもつかせぬ怒濤の展開で、一気に読んでしまいました。それぐらいスリリングで面白い。
“親愛なる僕”である主人公の名前は、浦島エイジ。「人生は楽しんだもん勝ち」という、どこにでもいそうな普通の大学生で童貞くん。いつものように合コンでの収穫もなく独り家に帰ったはずなのに、翌朝、目覚めると隣には、大学でも有名なとびきりの美女、雪村京花が寝ていたのです。
なんでも、指折りのワルに言いよられている京花を守ったことで、付き合うことになったとか。確かに拳には殴った跡があるのですが、エイジは覚えておらず、3日間の記憶が丸々抜けているのです。
こんなふうに、自分は万能で選ばれた人間だと思っているお気楽エイジに親しみを感じつつ、確かに目覚めるたびにいい人生に変わっていたら、楽しいだろうなぁと妄想していたら、物語は突然、思わぬ方向へと進みます。
押し入れの中から、現金3000万円と血が付いて折れ曲がった金属バット、そしてメモ帳に「また殺すLL」と書いた痕を見つけてしまったからです。
実はエイジには、消してしまいたい忌まわしい過去がありました。それは、「殺人鬼の息子」という逃れがたい宿命。エイジの父である殺人鬼LLは多数の女性を惨殺した犯罪史上、類を見ない凶悪犯だったのです。その手口は被害者を生きながらえさせたまま、あらゆる拷問を与え続けるという残虐極まりないものでした。15年前、殺人鬼LLが焼身自殺をする前、サイトに残したメッセージは、「また殺す LL」。もしかしたら、記憶が飛んでいる間に、もう1人の自分が現れ、犯罪を犯しているのではないかと思い始めるエイジ。
そんなとき、殺人鬼LLの模倣犯が現れ、若い女性の惨殺死体が発見されます。
殺されたのは、畑中葉子というエイジの彼女だというのですが、エイジ自身は、一度も会ったことがないのです。ところが、防犯カメラの映像には、2人が一緒に歩いている姿があり……。
ほかにも、エイジの前に現れては謎の発言をする美少女や、15年前の事件を追う怪しげなフリーライター、殺人事件を担当するバリキャリの女性刑事、さらには殺人も厭わない超凶悪なギャング団も出て来て、混沌とした世界が黒塗りの激しい画で描かれます。
前半のお気楽な話は、どこへやら。あまりの落差に、読みながら心がざわざわしてしまいました。
エイジは、彼女である京花を守るため、そして真相を追求するため、危険だと知りながらギャング団のアジトへ。
あぁ、無鉄砲に悪の巣窟に潜り込んだら、もっと大変なことになるのに……と、読んでいる方はハラハラです。
殺人事件を絡めたミステリーにバイオレンス、売春、恋愛、家族、二重人格……と、あらゆる要素が詰め込まれ、それがテンポよく展開していくわけですから、面白くないわけがない。しかも、毎回、謎を残して、いいところで終わってしまうのです(笑)。
ベストセラー作家・湊かなえさんの作品を、イヤな気分になるミステリー、略して「イヤミス」と呼ぶようですが、この作品もまさに、胸がズンと重くなるのに、この先が読みたくて読みたくて仕方がない、とっておきの「イヤミス漫画」だと言えると思います。
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レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp