幼なじみだったふたりの間に恋が生まれる。そう書けば、とてもシンプルな恋愛漫画になるでしょう。ふたりの男女がどんな恋愛をしていくのか、恋愛の過程でどんなことが起きるのか表紙を手に取るとき、きっと誰しもが楽しくほろ苦い恋を想像するでしょう。
『たった一人の君と七十億の死神』は恋愛漫画です。幼なじみのふたりが成長しながらゆっくり歩み寄っていきます。ただし、ふたりの恋をジャマするのは、イケメン・美人のライバルや頭脳明晰な親友などではありません。宇宙からやってきた正体不明のモンスター・死神たちです。しかもその数70億! なんという多さ!
恋愛とSFファンタジーに宇宙と学園のスパイスをミックスした世界観。個人的に「セカイ系」かなぁと感じました。
主人公は遠木晴太(とおきせいた)。どこにでもいる優しい普通の男の子。
彼と同じクラスには、玖城淡雪(くじょうあわゆき)という、街でも有名な玖城家の娘がいた。淡雪は家の方針で、文武両道の英才教育を受けて育っているため、喧嘩では最強。そしてどんな相手にも正論を言ってしまう。そんな淡雪に立ち向かえるのは、いつのまにか学校で晴太だけになっていた。
■幼なじみのふたりが、いつしか特別な想いを持ち始めて……
学校側は淡雪が孤立しないよう、淡雪と晴太を常に同じクラスにしていた。「敵だ!」「嫌い!」と言い合いながらも、いつも近くにいる気になる存在に。結局6年間離れることなく、特別な同級生としてふたりは過ごした。
中学生になったふたりは、だんだんと互いを特別な異性と感じるようになる。方向音痴というかわいい弱点を持つ泡雪と毎日一緒に登下校する晴太。日々の会話は日常になり、ふたりは共にゆっくりと成長していく。
制服を着たふたりの描写が、とてもかわいらしくキュンとします。正論ばかり言う硬めな淡雪にだんだんと自然な笑顔が増えてきたり、晴太も淡雪のかわいい素顔に惹かれていくように見えます。恋が始まりそうで、もう始まっている。互いに気づかない気持ちと、隠したい気持ちが混ざった愛おしい時間に読者を引き込みます。
■謎の「環」がもたらした変化
そんなふたりの住む星の周りを「光環(レイリング)」という謎の土星の環のようなものが囲んでいた。ちょうど晴太たちが生まれた15年前に誕生。それが何なのかまったくわからない。世界中で騒然となったものの、特に危害がないことから、人々はその環の存在に慣れていった。
淡雪や晴太にとって、見上げた空に生まれたときから存在する当たり前の「環」。当たり前の存在は風景の一部だった。
普段はとくになにもなく、ただ存在するだけの光環。ただし、ときどき、そこから「RUM」という謎の駆動体が降ってくる。毎回形状が違うものの、人類を攻撃をするでもなく、放っておけば光になって消えていく。近くに落ちなければ怖くないものだった。
そんなある日、晴太は淡雪に流星群を見に行こうと誘われる。ふたりで星空を眺めていると、光が降ってきた。近くに落ちた光はRUMだった。ふたりでなんとか逃げるもの、攻撃しないはずのRUMはふたりに襲いかかってきた。
不思議な言葉や力で、なぜかRUMを倒すことができた晴太。淡雪からの告白に、自分の素直な気持ちを伝えることができた。
ふたりの前に現れたのは、RUMだと名乗る人の形をした生命体だった。攻撃しないはずのRUMは、なぜふたりを襲ったのか、自分が何者なのかを説明した。RUMには少数派の恋愛を応援をするRUMと、恋愛を邪魔する大多数のRUMがいて、彼らは恋愛を否定しているとも話した。
ふたりを助けるRUMは「ミリオン」と名乗る。
ふたりの恋愛を否定するRUMが、これから大量に攻め込んでくると、ミリオンから衝撃的な告白が。
■ふたりの恋を応援する楽しみ
やっと叶った晴太と淡雪の恋を邪魔する70億の死神RUMたち。恋を知り、自分の気持ちと晴太との関係に照れてはにかむ淡雪のかわいさが後半から加速し、漫画を読む手が止まりません。一途に晴太を思う強気な女の子。読者の私もキュートなヒロインを応援するミリオン側のRUMのひとりとして漫画に「参加」している気分に。
襲いかかるRUMと戦いながら、「なぜRUMはこの星に来たのか」とRUMの真実に迫る。1巻できっちりキモになるファンタジー要素の設定を説明してくれるので、今後の展開と想像が楽しいです。SFファンタジーの場合、設定の面白さ・丁寧さが後半からの盛り上がりや伏線回収の命綱になります。その軸がしっかりしているので、気になるキーワードを拾いつつ、次巻への期待感でいっぱいになりました。
セカイ系ラノベが好きな方にもおすすめの設定やストーリー。丁寧に描き込まれた絵がきれいな漫画です。ミリオンたちのRUMになったと思いながら恋を応援していると、恋愛とファンタジー、両方の軸で楽しめます。恋をしてどんどんかわいくなる淡雪、優しいだけではなくたくましさや強さを増していく晴太、ふたりの成長していく姿が見逃せません。
レビュアー
AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。