一番、好きな映画は何? そんな話を最後にしたのは、いつのことだったか。それぐらい、誰かと映画について話さなくなってしまったのは、映画以外に話すべきことが多いせいなのか、それともただ単に自分が歳を取ったせいなのか……。
そんなことを思いながら、『水曜日のシネマ』を手にしました。一体、どんな映画が取り上げられるのだろうと思って。
ところが、いきなり知らない映画が出てきてガーンとなりました。それなりに見ている方だと思っていたのに、これでは主人公の藤田奈緒(18)と一緒だと。
大学生になり、一人暮らしを始めた奈緒の生涯初のアルバイトは、レンタルビデオ屋。ところが男性客に聞かれた映画のタイトルがわからず、店長の奥田一平(42)からイヤミを言われます。
「お前、映画知らないの?」
「メジャー作品くらいは押さえとけよ」
その客が探していた映画とは、『スコットピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団』。
「まだ新人なんだからさぁ……!」
と同僚の米澤林子(39)の言葉に、私も思わず頷いてしまいました。そうそう私だって知らない。
まったく、無愛想で偏屈で大人げない店長だなと私なら思うのですが、奈緒は違いました。映画の話をするときは子供みたいな笑顔を見せる店長に、奈緒は思わず質問します。
「好きな映画はなんですか?」
そこで店長が選んだのは、『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年公開)。家にテレビがない奈緒のために店長は、閉店後のオフィスで観ることを許可し、2人きりの「水曜日のシネマ鑑賞会」が始まるのでした。翌週、店長が選んだのは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年公開)。
な、なんという直球、ど真ん中なチョイス! 私にとってこの2作品は何度見たかわからないほど双璧をなす大好きな映画で、当然、ロードショーも見ているし、今でも映画のパンフレットを持っていて、当時の懐かしい情景や、あのときの感覚が、瞬時に蘇りました。
この後も、『レオン』(1994年公開)、『E.T.』(1982年)、『フォレスト・ガンプ』(1994年)が作中に出て来るのですが、漫画を読みながらも、頭の中ではこれらの映画にまつわる数々の思い出が、同時進行で駆け巡りました。
作者にそんな意図があったかどうかは別として、私はこの漫画を通じて、私自身と懐かしい映画の話をしていたのです。かなり久しぶりに。
店長と一緒に映画を見るうちに、だんだん店長のことが気になり始める奈緒。ある事件がきっかけで、店長に対する恋心を押さえ切れなくなります。
しかし、2人の歳の差は24歳。
この年齢ギャップを見事に言い表したセリフがありました。それは、奈緒にオススメの恋愛映画を聞かれたときの林子のセリフ。
「それ(恋愛映画)を観た後に奈緒ちゃんが思い描くのは未来だけど、私らにとっては過去なんだよね」
いやぁ、このセリフは、刺さりました。
主人公は奈緒なので、奈緒の視点で漫画を読んでいたつもりだったのですが、私はすっかり42歳のオッサンの気持ちになっていたのです。障害のある恋は映画につきものだけど、もし私が店長だったとしても、それは一時の気の迷いだと奈緒を諭すでしょう。さすがに相手が18歳では。
店長は、これから奈緒にどんな映画を紹介するのだろうか? そんなことを思いつつも、もしかしてこれは、冴えないオッサン店長が奈緒によってどんどん素敵になるっていう『マイ・フェアレディ』の逆バージョンだったりしてと、自分で自分にツッコミを入れたり。
こんなふうに、次はどんな映画が出て来るのかと想像したり、自分自身と会話しながら読むのも、また楽しい漫画だと思います。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp