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2018.06.29

レビュー

先生と生徒の一線が、切なく揺れる。『さくらと先生』両想いが交わる日

先生と生徒の恋愛物語は少女漫画の世界では王道で、漫画史の中にはたくさんの名作があります。時代に合わせて、先生や生徒の描写が変わりますが、どの時代にも存在する同じ恋心に共鳴するものがあります。

学校という狭くて小さな密度の濃い空間。長い人生でほんの数年しかない時間。みんなが同じ制服を着ているとか、校則を守るとか、イベントが定期的にあるとか。大人でも子どもでもない人生の伸びしろだらけの成長期。その不思議な数年間は、幾千という物語を生み出しています。

『さくらと先生』はまさに、生徒と先生の恋を描く王道ではありますが、ドラマチックなジェットコースター型ではなく、季節がゆっくりと移り変わるような、静かな優しさと時間で溢(あふ)れる漫画です。

誰かがすごく不幸になるとか、事故が起きるとか、病気になるとかはなし。人々の気持ちのゆるやかな移ろいや、誰かにゆっくりと惹(ひ)かれていく。そこにいるキャラクターたちにリアルを感じるような物語が続きます。

■先生と生徒の関係なら、毎日会える

高校1年のとき、自転車通学ですれ違う背中に片想いをする主人公・さくら。イケメンで誰にでも優しい校内でも人気の先生・藤春。憧れだった背中は藤春先生だと気づくさくらは、自分の気持ちを誤魔化すことができず、先生への恋心を貫こうと決めます。

今回の4巻は、さくらが2年生になるところから始まります。2年生最初の日、教室に着くと、藤春先生が自分の担任に。先生に毎日会える日々が始まることを静かに喜びます。

ふたりは先生と生徒という関係。付き合うとか、自由に手をつなぐとかはできないけれど、お互いに意識はして、空気や匂いで感じ合おうとします。大人であり教師として律する気持ちと、さくらが気になる気持ちを隠しつつ先生でいる藤春と、先生を好きだという事実、自分は少しだけ先生にとって特別な存在かもしれないと感じているさくら。先生と生徒でいられれば、毎日会える。その微(かす)かな幸せを大切にします。

そんなある夜、藤春先生からさくらへ個人的な電話がきます。登録できない秘密の番号。学校ではできない言葉を交換します。短くても、そこに隠れる恋心がふたりの間でほんわかと熱を持ち、誰かを好きになる幸せと、気持ちを隠し続けるもどかしさに、読んでいても切なくなります。

大人になっても子どものときも。誰かを恋しく想ったり、好きだと気づくとき、愛されてみたい・愛してみたい本能と、嫌われたくないという不安が、心の中で混ざり合います。それでも人は恋することを手放せない。気持ちを確認したくて、会いたくて。会えない時間、相手を想い続けて。その気持ちがピュアであればあるほど、恋は透明感のある純粋な気持ちに育つ。

人生の中で何度そんな経験ができるか。きっと指で数えられるほどの回数なのではと思ってしまいます。少女漫画は何歳になっても、読んでいる数十分、数時間、恋した経験を疑似体験させてくれます。

『さくらと先生』は今までにないリアルさがあり、少女漫画だとわかっていても、割り切れない愛おしさが溢れています。奪い合いの恋ではなく、ひたすら温め続ける恋する気持ち。その人肌の温もりが読者の心にすっと入ってきて、一緒に温めてくれるようです。爽やかさと優しい時間が、しばし現実から架空の学校というノスタルジックな世界へと連れ出してくれます。

■偶然できた、ふたりきりの時間

さくらたちは、修学旅行へ。席決めのクジで運良く藤春先生の隣に座れます。クラスメイトと楽しそうに旅行を楽しむさくらを、無意識に目で追いかけてしまう藤春先生。小さなトラブルのおかげでふたりきりの時間を過ごせます。

先生と生徒の微妙な関係。藤春先生の中に芽生える微かな嫉妬のような気持ちも静かに描かれていて、何度か読み返しながら、先生の立場とさくらの立場、両方の立場で読めるのが修学旅行編の面白いところかもしれません。

どちらも自分より年下で、どちらも経験して通過してきた年代なので、自分の若い頃の気持ちを重ねながら読んでしまいます。年を重ねても、少女漫画はこんな風に楽しく読むことができるのかと、喜びと発見の日々です。

修学旅行が終わって平穏な学校生活に戻ったふたり。放課後教室に進路指導の相談に残るさくらに向けて、藤春先生は推薦での大学進学を勧めます。

久しぶりにふたりでゆっくり本音の話ができる。藤春先生はさくらに先生というフィルターを使いつつ、心の言葉で「ゆっくり大人になってほしい」と伝えます。


社会人の2年と高校生の2年は、待つという同じ時間であっても、感じ方が違います。両想いではある。お互いに大切にしている。それでも。今、精一杯の対話はどちらも傷つかず迷惑をかけない範囲の中にいなければならない。

もどかしさに嬉しさ、切なさ、止められない気持ち。夕焼けの教室に、ふたりの影はほんの一瞬だけ交わります。影だけでもつながれたらいいのに。溢れる想いが苦しくなるほどキュンとします。

■気持ちの揺れが積み重なって、恋になる


検定で満点を取ったら、先生になった理由を教えるとさくらに約束した藤春先生。本当に満点を取ったさくらは先生と秘密のデートへ。

このシーンになったときに、制服が冬服になりコートを着ています。夏から季節が巡ったことを感じます。

誰もふたりを知る人がいない海の街。砂浜でじゃれ合いながら、お互いの本音を探ります。触りたい。伝えたい。でもできない。海の波とふたりの気持ちが見事にリンクした演出に、このシーンが海で本当に良かったと感じました。


海でついに気持ちがつながり、ふたりは先生と生徒から、ひとりの男の子と女の子として向き合います。読んでいて、呼吸を忘れるほど美しいシーンが数ペーシに渡って続きます。

藤春先生が先生の顔を捨ててしまう瞬間。ひとりの男になり、愛おしい人を見つめる顔。さくらが生徒から、何者でもないひとりの少女になる照れと押さえられない好きという気持ちが振り切れる顔。コマを追う毎にふたりの表情と眼差しに、4巻まで追いかけてきた私までもが泣きそうになりました。

『さくらと先生』という作品の素晴らしさのひとつに、各キャラクターの成長と、心の変化が微かな表情で見事に描き分けられているところがあります。わずかなハニカミ、わずかな微笑み。わずかな嫉妬、わずかな喜び。よく読み込まないと見落としてしまうような小さなコマまでしっかりと、意味を持たせた表情で人を描写していて、何度読み返しても小さな感情の揺れを見つけることができます。そしてこの小さな感情の揺れこそ、少女漫画の醍醐味であり、揺れの積み重ねが恋なのだと気づかされます。

次巻5巻で完結です。正直、ファンとして少なくともあと数巻は読みたくて仕方ありません。最後のページを開いて「本当に終わってしまうのか!」と、発狂しそうになりました。終わらないでほしい。ひとまず、今秋までふたりの結末を楽しみに待とうと思います。

レビュアー

兎村彩野 イメージ
兎村彩野

AYANO USAMURA Illustrator / Art Director 1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始、17歳でフリーランスになる。万年筆で絵を描くのが得意。本が好き。

https://twitter.com/to2kaku

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