あらゆる嗜好品は「あってもなくてもいい」ものだけど、嗜好品がある世界は豊かでカラフルで楽しい。
「ゲコガール」が描く嗜好品は「酒」。古今東西の美味しい酒と、酒との楽しいつきあい方(←ここ重要!)のお話だ。実在する酒、酒造メーカー、美味しい店たちも登場する。なので読むとストレートに「酒が飲みたくなる」。
ゲコが巡る美酒の旅
そんな強力な美酒マンガである本作の主人公はグルメ雑誌の編集者“宇佐野(通称うさぎ)”。食いしん坊で酒のアテになるような食べ物も大好きなのに、酒は飲めない。いわゆる「ゲコ」だ。のっけからこうである。
酒好きとしては「酒は必要か」なんて根元的な問いかけは、考えたこともない。でも主人公は彼女だからこそ良い。飲んべえが語る美酒も魅力的だが、色んな意味で既に「出来上がってる人」の語るそれらは、たぶん酒好きが読んでも若干ヘビーだ。
だから、ゲコのうさぎが酒屋の取材で“酒妖怪ゲコ”(語呂がいいのでつい声に出したくなる)に憑(つ)かれることで始まる本作は、いいあんばいに楽しく、親しみやすく、美酒の世界へ連れていってくれる。
で、この美酒を巡る旅が始まって早々に気がつくのだが、ゲコガール、ゲコじゃないんですよ。トントン飲んでいる。酒ガール。
先天的にアルコールを分解できず一切ダメという人も大勢いるが、うさぎの場合は「お酒を美味しいと思ったことがない」タイプの後天的ゲコで、しかも美味ししいものに強いこだわりのある人物だ。「おいしいもん」が大好き。だから「美味しくない」ものはいらないし、「お酒=おいしいもん」となると止まらなくなり、ガッツリ酔う。
……この感じ、とても身に覚えがある。私はかつてパンに興味がなかった。が、ある日「浅野屋」というパン屋のレーズンパン「軽井沢レザン」をもらい、ひとくち食べて「ギャー!?」と世界が揺れるのを感じた。この「軽井沢レザンおいしすぎ事件」以降、私の心にはパン妖怪がいる(酒妖怪もいる)。だからうさぎの気持ちがよくわかる。新世界に降り立つのは最高に楽しいよね。
お酒のチャンネルを増やすには
「好みでない酒」はゲコに限らず飲んべえにも多少ある。大抵の場合は棲み分けがあり、「体が赤ワインでできている」人もいるし、「スーパードライこそ至高」という人もいるだろう。うさぎのビールに対する最初のスタンスは実際よく目にする意見だと思う。
それに飲める量だって人それぞれだ。
これらをふまえたうえで、酒について酒妖怪のゲコはとてもいい事を言ってくれる。
なくてもいい嗜好品で、せっかく楽しむものなのだから、自分が酒に合わせるのではなく酒を自分に合わせて付き合うべしと一貫して説いているのだ。例えば私は「サワー興味なし派」だったが、このおしゃれなサワーと「近江牛すじどて煮」にはそそられた。(京都行きたい……)
こういう「美味しそー!」と「美味しい!」の連発なので、うさぎは飲める酒がどんどん増えるし、読んでいる側も酒のチャンネルが増えるはずだ。私の大好物「焼酎のだし割」の登場回はずっと小さくガッツポーズをしながら読んだ。もっとみんなに愛されてほしい!
本作はこの1巻で完となる。この名コンビの「最高の一杯!」を巡る旅はこれからも続くだろう。いつか続きが読みたい、絶対美味しいはずだ。待ってます!
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。