「朝起きたら赤ん坊になっていたのだ」
株式会社モアイの営業本部長(47歳)がある朝突然に赤ん坊になっていた……。
という出オチと言ってしまっても過言ではないシュールなシチュエーションから始まる本作、『赤ちゃん本部長』。
開始1コマ目から強烈なパンチラインを放ち、手に取る読者をノックアウトしてから淡淡と始めていくストロングスタイルで、「あ、これ細かいことはどうでもいいやつだ」と思わせてきます。しかしそれこそが赤ちゃん本部長の恐ろしいところ。
47歳おっさんが赤ちゃん(連載開始時8ヵ月)になってしまったことで巻き起こる喜劇に紛れて、現代日本の課題や閉塞感を優しく解きほぐしてくれるヒントが詰まっていました。
これは2018年の日本を象徴するすごいマンガです! と言い切っちゃってもいいでしょう!
本作は、子育てよみものサイト『ベビモフ』に月1連載中なので、子育てマンガであることは間違いありません。しかしどちらかというと、「子育てという社会の課題」を起点に働き方改革だとか、LGBTだとか、メンタルヘルスの問題だとか、2018年の日本が抱えている世相を赤ちゃんというフィルタを通して斬っているようにも感じられます。
2017年に連載が開始した際にかなりバズっていたので、その時に読んだ記憶はあるのですが、いざ1巻分をまとめて読んでみると、単発では気づかなかった本作のすごさに気づかされます。
たとえば試し読みで読める第1話。「赤ん坊は母親のものだろう」という古い固定観念を抱いている取引先に対し、赤ちゃん本部長自身が一喝するシーンがあります。
とても溜飲が下がるカッコいい場面ですし、赤ちゃん本人がいうのかよとツッコめる場面なので非常に印象的なんですが、もうこれ第1話でいきなり本質を突いてきているんですよ。子育ては誰がするとか、子供を1人の人格として尊重するとか、子育てのトピックとしては定期的に吹き上がる話題です。そんなある意味鉄板で面倒なテーマにかわいい顔してこれ以上ない回答を返してくるわけですから。
もう1つ、これも試し読みで読める第2話。これは本部長が赤ちゃんになってしまったことが社長にバレるエピソードなんですが、これはもう働き方改革の話です。
多少ムリをしても仕事をすると主張する本部長(赤ちゃん)に、ムリをしても良い結果は出ない。ムリのない範囲で頑張って欲しいと(本部長を抱っこしながら)たしなめる社長。
社長に抱っこされてねんねしてしまった本部長に、24時間戦えますかの時代は終わったんだと独りごちる社長を見ていると胸に去来するものがあります。
自分が急に赤ちゃんになっても動じない本部長や、ビックリするだけで順応する社長や部下たちなど、株式会社モアイの社員のみなさんは非常に類(たぐ)い稀(まれ)な胆力をお持ちではあるんですが、それ以上にとにかく登場人物達が寛容で優しいんです。
私も株式会社モアイの営業本部に転職したくなりました。
本作には現代社会の課題のほとんどが描かれていると言っても過言ではないと思うのですが、そういったさまざまな課題を寛容さと優しさで受け入れて対処している様子は、世間が見失っているものそのものなのではないかとすら思えます。
徹頭徹尾ギャグ漫画の矜持(きょうじ)を保ちつつ、現代日本が抱えている社会課題やライフスタイルの変化を、説教くさくせず、オオゴトにせずに読む者の心にそっと置いていく老獪(ろうかい)さは47歳ながら営業本部のトップに上り詰めた男の実力と言ったら言いすぎでしょうか。
ここ最近の社会の風潮に息苦しさを感じている人にぜひ読んでもらいたい、そんなステキな1作です。
レビュアー
静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。