ある新人お笑いコンビが選挙に行くバカップルを風刺するネタをやっていた。
お笑いの新人を見てこいつは伸びそうだとかこりゃダメだとか考えるのが大好きなのでネタ番組はけっこう見てるんだが、こいつらは「サッサとやめて田舎に帰れ」カテゴリに分類された。目下のところ彼らしか入ってない、たいへん栄誉あるカテゴリである。おまえらはもう二度と見たくねえな。
どんな理由があろうと、選挙に行くやつより行かないやつが賢いなんて価値観は認めない。たまに入れたい人がいないから投票しないとかいう意見を見るが、投票所に行くのをサボる言い訳としか思えない。無効票でいいんだよ、そう思うなら。無効票が多くあれば行政の意識は変わるだろう。自分の怠惰を選挙のせいにするんじゃねえよ。
民主主義が、選挙が唯一絶対最高のシステムだと思ってるわけじゃない。あの独裁者ヒトラーを生み出したのは民主主義である。ポピュリズムに傾いて選択を誤っちゃうことは大いにある。不完全なシステムだ。
だが、国家が民主主義を選択し、あなたがその国民であるかぎり、許された政治行動は基本的に投票だけなのだ(暴力という手段もあるが例外としよう)。それを笑うことを許されるのは、代わりのしくみを考えたやつだけである。
本作は『サイコメトラーEIJI』のキャラクターだった政治家秘書・武藤国光を主人公にすえ、ある田舎町の市長選を軸に政治を描いたマンガである。作者は安童夕馬(樹林伸)と朝基まさし。2001年より4年間、「週刊少年マガジン」に連載され、テレビドラマ化もされた人気作だ。
日本の投票率は低い低いといわれるが、総選挙ともなれば5割を越す。これは考えようによっちゃ、すごい数字なのだ。だって、視聴率4割でオバケ番組って言われるんだぜ? しかも、ただ寝転がって眺めていればいいテレビとは違って、選挙は投票所までいかないと参加できない。5割以上ってとんでもない数字なのだ。
「週刊少年マガジン」のような雑誌の連載作家そして編集者は、大衆人気を得るにはどうしたらいいか常に考えている。この数字に目をつけない筈はない。政治をネタにしたらウケる作品ができるんじゃないか。一度はそう考えたことがあるはずだ。
ところが、政治を描いた幾多の作品が轟沈しているのである。政治マンガはいくつかあるが、人気が出た作品は(本作を除けば)絶無といってよい。本作が出るまで「政治マンガはウケない」はいわばコモンセンスだったのである。
政治マンガをやりたいなどといえば必ず別のネタにしましょうよと言われる。そうした状況の中、どうやってこの作品の連載にこぎつけたのか。その問いに、安童夕馬は次のように答えている。
「そりゃもう、根気よく説得を続けるだけですよ。毎週のように言ってましたからね、『次は政治マンガだ!』って(笑)」
その内容について彼はほとんど語っていないが、「政治って、すごくおもしろいんだよ!」と魅力を訴えていたのはほぼ間違いない。
「『週刊少年マガジン』の編集部って、けっこうインテリの集まりだと思うんです。にもかかわらず、ほとんどの人間が、この国の政治がどうなっているか、わかっていない。なんでわかっていないかというと、つまらないからじゃないかと思うんです。『じゃあ、おもしろかったらどうなんだろう?』と思ったんですよ」
じっさい、政治ってムチャクチャおもしろいのだ。選挙ひとつとっても、ポスター写真の撮り方、ウグイス嬢の使い方、演説の仕方、それぞれにセオリーがある。しかも、すごく生々しい。差し入れのおにぎりに現金入れて配ったとか、敵陣営にウンコ投げ入れたとか、冗談みたいな話がフツーにある。選挙戦とはなんでもアリの勝負なのだ。
候補者は普通、選挙に1億円以上かける。経費だけでもそれだけかかるのだ。並大抵の本気度じゃないことはおわかりだろう。この勝負がおもしろくならないはずないじゃないか! ヘタなスポーツより絶対おもしろい。しかも、結果には多かれ少なかれ自分たちの将来も反映される。賭けているのは候補者だけじゃないのだ。
その魅力を知ると、みんななんで興味持たないかなーと不思議になってくる。政治が、選挙がおもしろくないなんて言うやつは感性がどうかしているのだ。
だが、そのおもしろさは学校じゃ教えてもらえない(なんで?)。知らない人は一生知らずに過ごすのだ。もったいない! 作者にはきっと、そんな思いがあったのだろう。
あまり指摘されないが、安童夕馬・朝基まさしのコンビは、最高のギャグ・コンビである。『でぶせん』というギャグ作品もあるが、『クニミツの政』のギャグも相当にキレている。しかも、物語はすさまじく熱い。本作がこのコンビの、ひとつの絶頂期を示していることは間違いないだろう。
この作品は今でも最高におもしろい。それは本作が優れていることの証明なのだけれど、同時にわれわれが抱えたとてつもなく大きな不幸の存在を語っている。
この作品が連載されていたころから、10年以上の月日が経過している。さすがに作中でとりあげられる政治タームの中には、古くなったものもある。たとえば、ここでは「政治家・官僚・建設会社」で形成されるトライアングルが仮想敵とされているが、現在ならたぶん電力会社になるだろう。そうした些末な変化はあるものの、作品の大筋は驚くほど変わっていないのだ。十年一日というが、政治の世界はほとんど進化せず今に至っている。クニミツが作品の随所であらわにする怒りも、われわれが今でも感じる怒りと、ほぼ同じものだ。
われわれは腐った部分を腐ったままにして、年をかさねてきてしまった。この作品が今でもおもしろいのは、その証明なのだ。
それと、もうひとつ大きな不幸がある。
政治っておもしろいんだぜ、ヘタなスポーツなんかより全然楽しいんだ。
そう訴えるメディアが、今は失われている……ように思えることだ。
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。