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2017.07.12

レビュー

「シェイクスピアは7人いた!?」史上最大の謎、400年の論争に新事実

【動画】2分でわかる!『7人のシェイクスピア NON SANZ DROICT』


“シェイクスピア別人説”

ウィリアム・シェイクスピアといえば、『ハムレット』『ロミオとジュリエット』『ヴェニスの商人』『リア王』『マクベス』など、数々の名作をのこした世界的文豪。

彼は16世紀のイギリス・ロンドンに彗星のごとく現れ、瞬く間に演劇界の寵児に登り詰めた。当時、芝居といえばまさにエンターテインメントの頂点。庶民から、時としてエリザベス女王その人までが、舞台の上で繰り広げられる物語にのめり込んだのだ。

そんなシェイクスピアの作品が、人類史が誇る普遍的な名作であることを疑う余地はないだろう。400年経った現在でも色褪せず、演劇だけでなく文学・映画・音楽・美術・アニメなど、多大なる影響を後世に与え続けている。

しかし、彼の出自には様々な謎が残されている。ロンドンから遠く離れた田舎に生まれ、教育も充分に受けていない。それなのに、どうして世界を揺るがす芝居を書くことができたのか? 文学史上最大の謎である。

「ウィリアム・シェイクスピア」は実は他の作家のペンネームであったという説や、個人でなく幾人かで共同で書く作家集団だったという説は、古くから議論されてきた。

本作、『7人のシェイクスピア NON SANZ DROICT」は、「シェイクスピアという作家を構成した人間は7人いた!」という大胆な仮説をもとに、史実を織り交ぜながら、「世界的文豪の正体とは、いったい何者であったのか」という謎を解き明かす物語である。

作者は『BECK』『RiN』『ゴリラーマン』『ストッパー毒島』など数々の名作コミックを描いたハロルド作石。歴史に秘された永遠の謎に挑む、その筆致は冴えに冴え渡っている。


異能を持つものたちが集まり、事を成す物語

物語は“演劇の都”ロンドンで、運命に導かれた7人の男女が集うところから始まる。彼らはそれぞれ、超格差社会の中で理不尽に傷つき、心さえも引き裂かれた過去を持っていた。

だが、平凡な彼らにも、たった一つだけ才能と呼べるものがあった。主人公ランス・カーターは、7人それぞれの能力を集めて、芝居の脚本を書くことを決意する──。

異能を持つものたちが集まり、事を成す物語は痛快で、人間が本能的に好むのだろう。洋の東西を問わず今も昔もそういった名作は枚挙に暇がない。近年だと映画『オーシャンズ』シリーズがわかりやすいだろう。爆破専門家やスリの達人に中国人の曲芸師など、いろんな能力を持った登場人物が協力して目的を達成する。続編では敵が仲間になることだってある。まさに痛快。

さらに古くでは、『水滸伝』などもそうだろう。腐敗した政治家がはびこる世の中で、世間からはじき出された人々が梁山泊に集結し、世直しを目指す。これも普遍的な娯楽だ。

抱えた問題は作品によって違えども、主人公ひとりでは成し得ることが困難な問題に対して、それぞれ違った卓越した能力を持つ者たちが集まり、一致団結してひっくり返していく。そんな痛快な逆転劇が「異能を持つものたちが集まり、事を成す物語」には多く見られるからかもしれない。

本作においても才能溢れた魅力的な人物がランスのもとに集い、自らの能力に目覚めていく。その描写は興奮必至だ。7人は、貧困やDV、政府からの弾圧などで苦しみもがいている。彼らの才能が開花して、絶望的な状況を脱出していくさまは、ハロルド作石の丹念な筆致により、たやすく感情移入ができる。

異民族の少女リーは神懸かり的な詩作の才能を発揮する。夫から壮絶なDVを受け、ランスのもとに子供とともに逃げ込んだアンは音楽の才能を買われる。その子供ケインは洞察力に長けていてランスの創作を支援する強力な助言者となる。裏切りそうな少し怪しいヤツがいるのもいい。



禁じられた宗教、カトリック

本作はロンドンにいわば梁山泊を構え、“7人のシェイクスピア”が集結してイギリスの演劇界、ひいては社会に一矢報いていくストーリーなのだろう。それは今後の展開を楽しみに待つとして、本作を読み進めるにあたり、カトリックの弾圧という史実を抑えておきたい。

16世紀のイギリスにおいて、カトリックは禁じられた宗教であり、その司祭は見つかり次第処刑されるほどの弾圧がなされていた。そんな時勢のなか、“7人のシェイクスピア”の1人に、カトリック教会の司祭、ミルがいる。

さらにランスや、彼を支える幼馴染みのワースもカトリック信徒である。

当局に目を付けられれば、秘密警察によって激しい拷問にかけられた後、四ツ裂き、さらし首に──。シェイクスピアを取り巻く過酷な状況が、ストーリーに緊張感をもたらしている。

当時のイングランドにおけるカトリック教会の弾圧は、時の為政者が愛人と結婚したいが、カトリックの教義では離婚はタブーとされているので、国の宗教をイギリス国教会という新たに作ったものに無理矢理変えてしまったことに端を発する。ちょっと信じられないような話だが、厳然たる史実なので仕方がない。


サブタイトルに秘められたシェイクスピアの紋章

本作において冠せられたサブタイトル、NON SANZ DROICT。この1文は何なのかというと、シェイクスピア家の紋章に刻まれたフレーズなのである。

庶民として生まれたシェイクスピアが、ジェントルマンの階級まで登り詰め、獲得した紋章。「権利なきに非ず」という意味を持つラテン語がこの後どのような意味を持つのか、非常に楽しみだ。

また現在の作品内での時計は1588年であって、史実においては、1596年に紋章を得るための申請を始めているので、どのようなドラマがこれからの8年の間に起こるのか(史実ではこの間に『ハムレット』『ロミオとジュリエット』など多数の作品が発表されている)、目が離せない。


リベラルアーツとしてのシェイクスピア

冒頭でも述べたとおり、シェイクスピアの作品は人類史が誇る名作だ。

原典を読んだことがなくても、そのストーリーを下敷きにした作品や、影響を受けた作品に触れずにいることは困難なほど、普遍的なものになっていると言ってよい。

シェイクスピアは「人間のすべてを描いた」と称されるほどに、時代を超えた本質を描いている。欧米では、老若男女の娯楽として、そして知識人の基礎素養として、現代でも広く愛読されているという。

作中では、極悪非道な金貸しを鮮やかな機転で懲らしめる法廷劇『ヴェニスの商人』や、圧倒的な存在感を放つ悪漢を描く『リチャード三世』など、シェイクスピアの執筆の舞台裏とともに、作品そのものの非常にわかりやすいダイジェストも提供される。

ややもすると敬遠しがちな古典に対し、本作は原典に触れるきっかけとなりえるだろう。

シェイクスピア本人であるランスが盟友ワースに語る象徴的なシーンがある。

「ネズミ取り、煙突掃除、馬車の御者…いつかの時代、もう用済みになってしまうかもしれない」

「──でも汗水たらして働く彼らが楽しみにする娯楽、それはこれから先も永遠に無くならない!」

そんな娯楽のマスターピースが生まれゆくさまを描く本作の今後が楽しみでたまらない。

レビュアー

宮本夏樹

静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。

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