『GIANT KILLING』の主人公の〝ひとり〟である達海猛(たつみ・たけし)は、35歳。元スター選手の青年監督だ。その達海が、彼の古巣であり、リーグ戦で低迷中の弱小クラブ、ETU(イーストトーキョーユナイテッド)に監督として戻ってくるところから、物語は本格的なスタートを切る。
僕が達海のことを主人公の〝ひとり〟と書いた理由は、『GIANT KILLING』という漫画が、彼以外の登場人物たちにも頻繁にスポットライトを当てている群像劇だと思ったからだ。
たとえば、若手選手の椿大介(つばき・だいすけ)。作中、最もクローズアップされているキャラクターであり、抜群のスピードを誇る椿だが、とにかく自分に自信がない。気が弱くて、いつもオドオドしていて、本当にこれでプロなのかと疑いたくなるほどのヘタレ。弱い自分のことで悩んで悩んで、それなのに変われなくて、精神的に崩れ落ちそうな椿。
だが、達海と出会ったことで、椿は少しずつだが変わっていく。『GIANT KILLING』は椿の成長物語でもあるのだ。
ある夜、達海は椿にこんなことを言う。
「コンプレックス持ってる奴は強いぜ」と。
「長年お前が自分を変えたいと思ってきたその想い……そいつはすげえパワー持ってる」と。
「そのまま行け」と。「何度でもしくじれ」と。「その代わり一回のプレーで観客を酔わせろ」と。「敵のド肝を抜け」と。
「お前ん中のジャイアント・キリングを起こせ」と──。
魂に、響く言葉だ。
こんなふうに丹念に人間を描くからこそ、キャラを立てたというだけでは終わらない人間的な深みが登場人物たちに加わっているのだろう。試合中の椿ら選手たちの活躍、失敗さえもが心に響いて、じんじん胸が熱くなるのは、そのためだ。
5巻の終盤に、椿が活躍するシーンがある。僕はおもわず、そこで泣いてしまった。
「見せつけてやれ お前の才能を」
達海がそう言い、直後に椿が相手を抜き去るシーンで泣いた。
椿が苦労しているのを知っている。情けなくて弱くて、でもそんな自分をちゃんと自覚していて、必死に頑張っている椿を知っている。だから椿の活躍が嬉しい。だから涙が出る。だから胸が熱くなる。
僕はこのとき、この漫画のファンにとどまらない、と自覚した。『GIANT KILLING』のファンであると同時に、ETUのサポーターになったのだと気づかされたのだ。
『GIANT KILLING』にはクラブ経営の苦労も描かれている。スポンサーとの契約のこと、熱狂的なサポーターグループとのエピソードなど、試合以外の部分にも焦点を当てた話が出てくる。それらがETUという架空のクラブにリアリティを与えているのであり、そうしたエピソードやリアリティを用いて人間ドラマを濃密に描くことで、『GIANT KILLING』は「サッカー漫画」という枠にとどまらない存在となっているのだ。
手に汗握るような試合展開を克明に描写する一方で、人間ドラマも丁寧に描く。それがこの作品の核であり、僕が感じた最大の魅力だ。だからサッカーに興味のない人が読んでも楽しめると確信しているし、読者に〝熱〟を伝えることができる。
『GIANT KILLING』は魂を揺さぶってくる。こんなに熱くて面白い漫画を読まなくて何を読む。
レビュアー
赤星秀一(あかほし・しゅういち)。小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。