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2016.04.02

レビュー

美少女革命家が「総括」強要? スクールカースト粉砕!の怪作

「ソビエトロシアでは○○○があなたを×××する」

この主語と目的語が逆転した「ソビエトロシアでは~」の言い回しを「ロシア的倒置法」という。元ネタはアメリカのコメディアン、ヤコブ・スミルノフのジョークだ。例として1つ引用しよう。

"In America, you watch Big Brother."
"In Soviet Russia, Big Brother watches you!"

このBig Brotherはアメリカではテレビ番組のことだが、ソビエトロシアでは別のものを指しており、watchの意味も「見る(視聴する)」から「監視する(見守る)」へと変化している。ほとんど同じ単語と言い回しで全く別のことを表現するところに言葉遊びとしての面白さがある。
 
元ネタはジョージ・オーウェルの『1984年』と作中に登場する「テレスクリーン」という装置である。これは作品の舞台となる全体主義国家の省庁の1つ、「真理省」から発信された映像を再生するテレビのような装置だが、ただプロパガンダ映像を流すだけのものではない。装置の前に立つ市民の映像や音声を記録し、どこかに送信する機能をも有している。テレビと監視カメラ・盗聴器を兼ね備えた監視社会を象徴する代物だと考えて良いだろう。
 
オーウェルの『1984年』は1949年に刊行された「西側」の小説だが、その世界観のもととなったのはソビエト連邦や共産主義体制である。ソ連そのものは1991年に崩壊したものの、左翼思想やその政治体制、指導者の言葉などは西側の知識人の目にも魅力的に映るようで、これらの研究・観察から名作が生まれるのは珍しいことではない。たとえば「連続殺人は資本主義の弊害によるものであり、この種の犯罪は存在しない」という公式見解で有名なアンドレイ・チカチーロの連続殺人事件から『チャイルド44』が生まれたのは記憶に新しい。
仙波ユウスケ『リア充になれない俺は革命家の同志になりました』もまたそのような共産趣味とオタク趣味の産物だ。このライトノベル(「レフト」ノベルというべきか)におけるヒロインの黒羽瑞穂(くろはみずほ)はなんでもできる天才肌の美少女だが、マルクス主義を標榜する問題児であり、キューバ革命の英雄チェ・ゲバラに心酔している。これだけならまだ「攻めたキャラ造形だな……」で済みそうなものだが、彼女は単なる共産趣味者ではなかった。ガチの革命家なのだ。図書部を廃部の危機から救うためハンガーストライキを行う。友人をブルジョワ、生徒会長をファシストとなじる。中学時代の知り合いをオルグし、あまつさえ総括を要求する。巻き込まれた少女は公園で涙目になりながら自己批判をおこなうのだが、この描写がまたすさまじい。

──「よろしい。足尾さん、この場で自己批判しなさい」
あーもうっ! やっぱな! 『自己批判』とかやばい単語が出てきちゃった!
自己批判。字面だけ見れば『反省』くらいの意味っぽく思えるが、実態はまったく別物だ。
公の場で強制的に自らの過ちを告白させられ、晒し者にされ、自己嫌悪に追い込まれ、自我を萎縮させられる。社会的な処刑、そしてマインドコントロールの手法だ。

(中略)

「わ、私、小さいころから……」(足尾)
「声が小さいっ! あなた本当に総括する気あるの!?」(黒羽)
『総括』とは、まあ、自己批判とほぼ同義の用語と考えておけばいい。
しかし大昔の陰惨な事件の影響でとても犯罪の香りが強い単語でもある。
そして俺の目の前には犯罪を取り締まるお巡りさん。ヤバい。──(本書P.126~P.128)

ヤバい。

しかも、この手のヤバいネタを取り込みながら、ギリギリのところで綱渡りを成功させているのがまたヤバい。黒羽は直接的な暴力に訴えかけるわけではないし、彼女の周りを囲む友人たちの知性と共産趣味への距離感のおかげで、いたるところに引用される革命家の言葉やパロディは適度に濾過されて気持ちのいい毒になっている。ガチ共産主義のヒロインを巧みに戯画化して、厨二病ネタのライトノベルにも似た風刺的な側面を持たせているわけだ。

しかし優れた書き手は風刺する対象を的確に捉えているものだ。本書では学校は階級社会になぞらえられており、黒羽はスクールカーストの粉砕を目論んでいる。その思想に主人公である白根与一(しらねよいち)は心を動かされてしまう。彼は教師に命じられてスパイとして図書部へ潜入したはずだった。図書部の蔵書から魔法少女アニメを連想するような左翼趣味のオタクではあったけれど共産主義やガチの革命思想からは距離を置いていたはずだった。しかしスクールカーストと自分の立ち位置については人よりずっと敏感だった。
 
クラス内で毎回寝たフリをすると怪しまれるから、休み時間には本を読む。〝本は、休み時間に一人でいても笑い物にされないための、『防壁』なのだ。〟(P.20)とのたまう白根は〝学校って『休み』時間が一番心休まらないのはなぜだろう?〟(P.20)と常々考えている。クラス内ヒエラルキーの最下層に位置する彼は心だけでも優位に立つため、『阿Q正伝』から借りた《精神勝利法》でリア充に対して己のプライドを保とうとする。そんな彼がカリスマ黒羽の掲げる平等に惹かれないはずはなかったのだ。
 
スクールカーストの粉砕という大筋に学園青春コメディを絡め、引用やパロディを含みつつ突貫していく。この怪作を世に問う著者と講談社ラノベ文庫編集部の度胸はヤバい……と言いたいところだが同傾向の作品としてはすでに『いでおろーぐ!』があるし、某声優のおかげで共産趣味も意外と広く受け入れられているのかもしれない。その辺りの反応も込みで、続編がどのように転んでいくか楽しみな作品だ。

レビュアー

犬上茶夢

ミステリーとライトノベルを嗜むフリーライター。かつては「このライトノベルがすごい!」や「ミステリマガジン」にてライトノベル評を書いていたが、不幸にも腱鞘炎にかかってしまい、治療のため何年も断筆する羽目に。今年からはまた面白い作品を発掘・紹介していこうと執筆を開始した。

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