ヒロインの大原忠実(おおはら・まめ)は下町の銭湯「すずめ湯」の娘。瓶の牛乳が冷えた冷蔵庫、富士山のペンキ絵に脱衣所で楽しそうに話す近所の人たち。
まるで時が止まったような場所でまめは育ち、恋をした。相手は5歳上の幼馴染み・聡ちゃん。片思い歴はざっと20年間だ。
聡ちゃんに彼女ができても、結婚しても、子供が生まれても好きだった。
ところが、まめの30歳の誕生日に聡ちゃんの妻・春子が亡くなったことで、歯痒く焦れったい大人たちの恋愛がゆっくりと始まる。
まめの片思いタイプは粘り腰。何度断られても食い下がる。
「おむつを替えたこともあるから娘にしか見えない」
とばっさり切られても諦めない。他の人とつきあっても、また戻ってきてしまう。
女だって三十路になれば思うところもある。
「同級生が続々結婚していく中
近所のお兄ちゃんにしつこく片思いし続けているあたしってなんなのでしょう?
アホ? バカ? マヌケ? 身の程知らずの変態?
全部かなー」
友人が人生のコマを進める中、自分だけ変わらない現実はまめの心にひっ掻き傷をつくる。
好きだけどフラれている以上やれることはなく、やれることはないけれど好きという出口無しの状態。でも会えば少女のように胸はときめき、恋心だけが昔のまま淡くほろ甘い。
男やもめなら見込みがあるかと思いきや、実は聡ちゃんもまた望みのない片思いをしている一人。
「夢にね 春さんが出てくるよ
目が覚めるとオレは泣いていて
あのころとまるで大差がない」
大好きな年上の妻を思い出してしょっちゅう泣く聡ちゃん(ボロボロこぼれる大人の男の涙はかなりグッとくる)。応えてくれない人に愛を注ぐ姿はまめと重なる。
どん詰まりの閉塞感を打ち破るのは、まめに片思いする河田さん。彼のまっすぐさもおもしろい。
実家を出て心機一転、聡ちゃんと距離をとろうとしたまめは、不動産屋の河田さんと再会する。
ストーカー被害にあったまめを何かとフォローしてくれた彼は、子持ちのバツイチになっていた。奥さんとのいざこざや親権をとられた子供のことを消化しつつ、まめに猛アピールしてくる。
「オレは これからちょっとヤなやつになります
大原さんのことが好きなので
(中略)
正直 オレに勝ち目はないんだろうなと思います
でも
20年分の思いなんてくそくらえって思います」
レオナルド・ダ・ヴィンチの『絵画論』の中で、自分が描いた絵の欠点を見つける方法として鏡に映すというものがある。そうすると見慣れたものを客観視することができるらしい。
『こいいじ』の片思い人たちは、お互いが鏡のように何かを共有している。河田さんは聡ちゃんであり、まめだ。
そして河田さんを意識し始めた頃、まめはあることに気づいていた。
「聡ちゃんを好きな自分
手に入らないってわかっていても好きでい続ける自分
聡ちゃんはあたしのことも好きにならないけど
他の人のことも好きにならない
春さんだけの聡ちゃん
(中略)
そういうぬるま湯の中の片思いだった気がする」
作者の志村貴子は、異性や同性、近親など様々な形の恋愛を描いてきた。なかでも恋をした人間のエゴやズルさを淡々かつ鋭利に切り取る名手だ。
春子が病床にいる時、期待してしまったことに人知れず後ろめたさを感じてきたまめの姿はあまりに痛々しい。そして積極的にぶつかってきた恋が逃げ腰の恋だと気づいたまめがこれからどうするのか期待が高まる。ぬるま湯は中にいる時は気持ち良いけれど、出る瞬間がとてもつらい。
「Kiss」本誌ではまめと聡ちゃんの関係に少しずつ変化が見え始める。兄と妹、父と娘のような関係からどうやって次へと進むのか。
ところでタイトルの『こいいじ』は“恋意地”と書くらしい。
そもそも恋の語源は相手を強く“乞う”こと。
どうか意地でも「めでたしめでたし」でお願いします!
レビュアー
ライター。漫画やアニメのインタビュー・構成を中心に活動。片道25km圏内ならロードバイクで移動する体力自慢。漫画はなんでも美味しくいただける雑食系。