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2016.03.08

インタビュー

『アトリエ777』特殊メイクの世界! 進撃の巨人も手がけた第一人者に聞く

「進撃の巨人」「シン・ゴジラ」や「ももいろクローバーZ」のライブなど、幅広い分野で活躍している特殊メイクアップ会社「自由廊」の代表であるJIROさん。漫画『アトリエ777』(講談社BE・LOVE連載中)の監修をされた、特殊メイクのトップランナーに仕事の内容についてお話を聞きました。

JIRO
JIRO

有限会社「自由廊」代表。特殊メイク・造形制作以外にもジュエリー、映像など様々な分野でその卓越した技術を用い、デザイン・制作・プロデュースを行っている。「天使のような表現力と悪魔のような技術力。それらを合わせ持った者がSpecial Make up Artistです」

 

──漫画『アトリエ777』は特殊メイクが題材になっています。漫画を読んであらためて感じられた特殊メイクと作品の魅力を教えてください。

JIRO:特殊メイクをする前と後で人格に変化が出る描写にグッときました。普段大人しい人が自分の変わった顔を鏡で見た瞬間急に饒舌に変わる瞬間が本当にあるんですよ。特殊メイクは人の中身、ひいては人生に関わることができる仕事なのだと、この漫画を読んで再認識しました。特殊メイクをされる側の気持ちって、僕たちにはわからないので新鮮でしたね。

──好きなキャラクターはいますか?

JIRO:主人公の美空ちゃんです。ビューティーメイクの世界から特殊メイクの世界に飛び込んだ彼女が、これからどんな風に変わっていくのか楽しみです。彼女がメイクの経験を生かしつつ特殊メイクの世界でがんばることは、結果として2つの世界の垣根を取り払って新しい何かを生むことになると思うんです。

──傷メイクをしながら、ハロウィンの時にどうだろうと話していたシーンは、本格的な特殊メイクをライトに楽しむことを教えてくれますよね。

JIRO:そうなんです。一般の人と特殊メイクの距離が縮まりますよね。特殊メイクの僕も彼女のように色んな垣根を取っ払って、異なったジャンルを近づけたいと思っているんです。

『アトリエ777』

自分の容姿にコンプレックスを持つ美空。ビューティーメイクで出来なかった“なりたい顔”になることが特殊メイクへの興味の入り口に

リアルを求めて入り込んだ迷路

──JIROさんは特殊メイクを学ぶため、東京藝術大学卒業後に代々木アニメーション学院に入られたと伺いました。そもそも特殊メイクとの出会いはどのようなものだったのでしょう?

JIRO:きっかけは映画「リング」「らせん」の特集番組で真田広之さんの内臓がない死体を見たことです。まるで本物のような出来に衝撃を受けました。もとからリアルな表現が好きだったこともあり、「素材は何だろう?」「どうやってつくっているのだろう?」とわくわくしました。

──大学で学んでいたことよりも魅力を感じた?

JIRO:大学ではガラスや漆、金属など様々な素材に挑戦しましたが、その素材でできることは限られるし専門を選ばなければいけなかった。「何でもつくれるって何だろう」「素材に関係なく表現したいものを表現するってどういうことだろう」と少し悩んでいた時だったんですよ。だから真田さんのリアルな体を見た時、この技術を覚えれば色んなものを表現できると感じました。

──専門学校に入ってイメージと違ったことはありましたか?

JIRO:すべてが新しかったですね。触ったこともない素材や複雑な工程を覚えるのは大変でしたが、とにかく楽しかった。特殊メイクの道具を使えばリアルを表現できるわけじゃない。技術や経験、それに知識が必要なのだと実感しました。

──当時、特に苦労したことはありますか?

JIRO:リアルなものをつくろうとシワの一本一本の流れとか毛穴を細かいところまでつくってもダメだったことですね。それらしくはなるけど、どこか違う。どこまでやればリアルになるんだろうと悩んで悩んで……。作業が永遠に続くんじゃないかと思いました。周囲の人はある程度のところで次の段階に進むけれど、僕はそれができなかった。どこまでもリアルを追求したくてもがいていました。

──どうやってそこから脱したのでしょう?

JIRO:僕はちゃんと理解しないと進めない人間だと思ったので、まず筋肉や骨の解剖図を見て勉強することから始めました。この筋肉が動くと皮膚が収縮するからこの向きにシワが入るんだとか、皮膚が引っ張られる方向に向いて毛穴ができるとか、それぞれの形ができる理由を突き詰めました。特殊メイクって表面だけをいじっているように見えますが、実は「皮」と「肉」と「骨」がポイント。顔を触ってみてすぐ骨を感じるところは筋肉と皮膚が薄いところなので、深いシワは入りにくい。逆に皮膚の厚いところと薄いところがドッキングする部分は深いシワができるとか。

──なるほど、ほうれい線はできるべくしてできるということですね。

JIRO:そうです(笑)。

──ちなみに、人のシワを見るのが癖だそうですが、街中でも気になりますか?

JIRO:なりますね。骨や筋肉を勉強しても、なぜできたのかわからないシワってあるんですよ。その理由を考えるのが好きです。たとえばアフリカの少数民族の人に多い眉間の深い縦ジワは、外で暮らしていて日光から目を守ろうと、ずっとしかめっ面をしていたせいかなと想像したりして。若い人の場合は、笑っている時にできたシワを見て、将来ここが深くなりそうだと未来予想図を考えます。

──『アトリエ777』でも特殊メイクを勉強しているエンジェルが美空の未来を想像して老婆の姿に描くシーンがありますよね。

JIRO:ありますね! 僕も学生の時はよく電車の中などで絵を描いていました。ひと駅間で特徴を捉えて描くという制限を設ければ良い練習になるだろうと思って。そのうち普通に描くので面白くないのでモンスターに変えたりして遊んだりしました。向かいの寝ているおじさんを描いているはずなのに出来上がった絵はモンスターなので、隣の人がびっくりするということがよくありましたね(笑)。

『アトリエ777』

男にひどい言葉を浴びせられ、苦々しい思いを隠せなかった美空。そんな自分を高齢の男性がスケッチしているのに気づいて覗いてみると──!?

世界は常に新しくなっている

──大学を卒業してすぐ会社を立ち上げ、TVチャンピオンの「特殊メイク王選手権」で2連覇するなど、特殊メイクアップアーティストとして順調なスタートをきられたように見えます。けれど現実はそうではなかったとか。

JIRO:何も実績のない学生がポンッと始めた会社ですから仕事なんてありませんでした。共同代表だった方が美容室のオーナーをされていたので、ヘアショーの仕事をつくってもらったり、自主制作映画のような仕事を色々受けて何とか食いつないでいたんです。そうしているうちに1年が立ちましたが、結局借金が残るような有様。TVチャンピオンに出たのは2年目の時でしたが、状況はあまり変わっていませんでした。この番組に出るくらいだからすごい人物だという扱いをされるのですが、実質はご飯を食べるのも苦労している自分がいて、そのギャップが面白かったことを覚えています。

──辛くはなかったですか?

JIRO:正直、おじいちゃんになってもこれでは辛いなあ、と思いました。けれど、ほとんどお金にならない仕事でも手は動かし続けていられたので、心は折れませんでした。少ないバジェットの仕事でも実績には変わりがない。いいものをつくれば、それが自分たちの武器になると信じていました。

──今までやった仕事の中で、転機と感じるものはありますか?

JIRO:テレビ東京の特番で、特殊メイクを使ってドッキリをするという企画があったんです。至近距離で相手に話しかけてもバレないレベルのものが求められる仕事でした。当時、特殊メイクでは発泡ゴムをつかうのが一般的な方法で、シワも全然リアルに再現できなかった。暗いところで5メートルくらい離れてみればリアルだけど、近くで実際に喋ってリアルだと思うレベルではない。それが特殊メイクの限界とされていた時代です。

──かなり挑戦的な企画だったのですね。

JIRO:業界内でも、現実的には厳しいという考えの方が多かったそうです。けれど、僕はそうは思いませんでした。実はこの少し前にアメリカでシリコンが登場し、大きな技術革新が起こっていました。最先端技術が一堂に会したトレードショーというイベントがロスで開催されると知り、ハリウッドでも活躍されていた、辻一弘さんという方のところに行きました。そこで「シリコンの技術を教えてください」と頼み込んだんです。階段の影に連れていかれて、必要なものや工程を教えてもらい、道具を買って帰国しました。教えてもらったばかりでトライ&エラーを繰り返しているような段階でしたが、これはすごい武器だと思いました。僕はどうしてもこの仕事が欲しかった。だからちょっと強気な態度でTV局に連絡したんです。

──強気とは?

JIRO:ガチンコでドッキリをしたいなら、シリコン以外にない。今その技術を日本で扱えるのは自分だ。疑うなら試してみろって。まだ3年目くらいで実績も大してないのにですよ(笑)。でも消極的な態度の人ばかりの中でこれが効いたみたいで、仕事が決まりました。番組に先立って試しに番組の担当ディレクターを特殊メイクで変身させ、職場で別人の名刺を配るなんてこともしましたね。普段一緒に仕事をしている人だけでなく、その人の奥さんも名刺交換に応じたので、これはすごい、いけるぞということで特番が3本続いたんです。

──シリコンとの出会いとドッキリ番組の話が同時期だったのは、すごいタイミングですね。

JIRO:そうですね。たくさんの先輩方にオファーがあった中で、仕事をもらえたことは自信になりました。同時に、実績だけでなく常に新しいものに触れたり、技術を追い求めることは、実績以上にものを言うことがあるとも実感しました。この考えは今でも変わりません。

『アトリエ777』

依頼を受けてつくったものから、“遊び”の延長で生まれたものまで。すべてが実績、経験として今につながってきた

特殊メイクってなんだろう

──特殊メイクアップアーティストとしての活動の他に、スクールを開催して後進の育成にも精力を注いでいらっしゃいますね。生徒さんとの関わりで気づかれることはありますか?

JIRO:たくさんありますよ! お金がない中で模索し、思いも寄らないものを持ってくるんです。自分も昔はそうだったので懐かしくもあり、先入観にとらわれない感覚は大切にしなければと思わされます。

──逆に生徒さんたちを見ていて、気になることはありますか?

JIRO:そうですね……、教科書とか正解を手に入れたがるところでしょうか? 僕は何でもいいからとにかくやってみればいいと思うんです。でもやる前にどうしたらいいかと尋ねてくる。あるいは「これが常識」と教えられると、それ以外のことをやろうとしない。以前、講義に行ったら、皆が粉だらけの油粘土に毛穴をつくっていたんです。アルコールで表面を溶かすと粉はキレイに取り除けるのに誰もやっていない。なぜアルコールを使わないのかと聞いたら、「最初に使うとつくったものがダレる。アルコールは最後に使うものだと教えられた」とその生徒は答えました。一体そこにいる人間の何人が実際にダレた経験をしたのかと思いました。言われたからそうしているという考えは危険ではないのか。ダレた方が合う肌感のキャラクターだっているはずです。一度もやったことがないのに、人に聞いたり言われた通りにするなんて、ナンセンスだと思いませんか?

──特殊メイクに無駄な失敗はない。むしろそれが財産になるのに、と。

JIRO:そうです。答えがないのに答えを探そうとしたり、悪いと言われたことは一切やらないのは良くない。これは僕の座右の銘である「常識は偏見の塊」ともつながるところがあります。ずっと昔、空を飛びたいと思った人が「羽がないから飛べるわけない」と思ってしまったら、飛行機は生まれなかった。「羽をつければ飛べる」「羽のついたものをつくれば飛べる」と考えた誰かがいたから今がある。やっちゃいけないと思うことをやらないと、新しいことって生まれないんです。人と違う考え方をした人によって生み出されたものに、僕たちは囲まれているんです。僕は“特殊”とつくようなことをしている以上、過去の固定した考えにとらわれずに、新しいことをしたいと思っています。皆が右を向くなら左を向いてみて、そこで自分が見たもの感じたものを形にしたいんです。

『アトリエ777』

二つと同じもののないJIROさんが手がけた造形物の数々

Amazingってなんだろう

──最近ではメイクだけれど、既存ものとは少し違った活動もされていますよね。

JIRO:フェイスペイントという筆と色だけで行うメイクに力を入れています。“特殊なメイク”ということで今は特殊メイクにカテゴライズされていますが、いずれ新しいジャンルとして確立したいですね。でもそう思う一方で、特殊メイクに含まれたままでもいいとも思っています。これが認知されれば、「特殊メイクはパーツを使ってやるもの」という常識が変わり、幅を広げることにつながります。それってすごく楽しいと思うんです!

──特殊メイクというジャンルの成長につながるということですね。先程、ジャンルとして確立したい気持ちもあるとおっしゃっていましたが、もし今やっている活動に新しい名前をつけるとしたらどうしますか?

JIRO:Amazing Makeでしょうか? Amazingは、バチっと決まる日本語の直訳がないところが好きです。

──型におさまらない印象がありますね。

JIRO:まさに、そういうものをつくっていきたいんですよ。さらに言えば、メイクという枠にもとらわれない仕事、Amazing Workと言ってもいいかもしれない。特殊メイク、ボディペイント、ナチュラルメイク、ビューティーメイク、その境界線っていらないと思う。実は今度プロデュースを行う会社を新しくつくったんです。特殊メイクのアーティストしての経験を活かしつつ、垣根をどんどん越えて、今までにないもの、価値を生み出していきたいと思っています。

『アトリエ777』

Amazing JIROの名前でinstagram、Facebookにアップされた画像は、世界中の人を驚きと感動を与えている

『アトリエ777』

アトリエにて。ここからすべてが紡がれる

©自由廊/きら/講談社

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