人間がたくさんいる都会にも空き家はあり、すぐに見分けがつく。一目見て「空き家だ」とわかる独特のくすみがあるのだ。人間が住んでいないだけでこんなに変わってしまうなんてと驚く。そして荒れるまでのスピードのすさまじさに気が重くなる。
『21XX年 墾田永年私財法』の舞台は、連続する自然災害によって各地の集落が消え、都市部に人間が集中した22世紀の日本だ。人間が築き上げた文明は、そこに人間がいないだけで、たった数十年で消え、大自然に飲み込まれてしまった。
居住地の多くを失った近未来の人間たちは、大都市で肩を寄せ合い暮らしているのだが、なんともいえない閉塞感につつまれている。効率化が進んで、人手不足なんてとっくに解消したのに、未来は薄暗い。
人が有り余る大都市で育った“佐原リコ”は、人間たちから遠く離れて生きようとしていた。
リコが選んだ高校卒業後の進路は「開拓者」。それは、未来の日本では「誰もやりたがらない仕事」の最たるものだった。
都市部にいれば基本的に安全で、最低限度の生活は送れる。働かなくても生かしてもらえる。対する地方は、都市部が約束してくれるすべてのものがない。でもリコは一人で生きていきたかったから、自分で志願して、自分で地方への移動費もためて、開拓者になった。
で、そんなにうまくいくかなあ……と思ったら、案の定うまくいかない。まず、リコの移住先には人間がいた。一人っきりで開拓などしないのだ。
和を重んじる入植者もいれば、“ジン先生”こと元大学教授の “渡仁吾”のようにリコをガキ呼ばわりする人も。それでもリコは「一人がいい!」と激怒しながらテントを担いでずんずん誰もいないところへ向かい、野営を始める。
望み通りの「文明を捨てた一人きりの生活」は、さあどうなるか。
火がつかない。そもそもリコが手にしているライターは文明では……?
リコは、ランタンの光に頼り、ペットボトルのお水をゴクゴク飲む。うん、やっぱり文明だ。とはいえここは人間がいなくなった大自然。都市部育ちの彼女が考えもしなかった夜が始まる。
リアル。22世紀になろうが大自然の中での野営はこんな感じ。本作はサバイバル描写がとても面白い。そして「22世紀の行き詰まった世界」と、そこからはみ出てしまった人間に向ける日高十三男先生のまなざしがなんともいいのだ。
人間がいなくなったら鉄砲水なんて日常茶飯事(しかもこの開拓地の名は“出水村”だ)。リコは、人間や、人間が作った文明に生かされてきたことをイヤというほど思い知る。
で、ここは墾田永年私財法が約束されるくらいの大自然。つまり彼女の開拓者としての第一歩は、非常にプリミティブな文明を、イチから積み上げていくことだった。
サバイバルも、誰かの知恵を学んで実践することも、とても文明的じゃないか
そして文明といえば火! そう、リコが初日の夜に挫折した「火起こし」だ。命がけの再チャレンジが始まる。。
無理すぎる! この火起こしの壮絶さたるや。日高は間違いなく、火を起こしたことがあると思う。ページのあちこちに実体験者の苦労が刻み込まれているので、読めば読むほど「無理すぎる。文明サイコー」となる。
ただ、リコが文明の極まった大都市を憎み、人間たちを軽蔑していたことを「幼稚」だなんて、私はバカにできない。袋小路にはまりこんでしまった近未来に嫌気がさしたのは、リコだけではなくジン先生もまた同じだから(そして「未来のゴハンはやだな~」と私も思った)。
大自然を開拓して、人間の文明を取り戻す。それはリコやジン先生が、自分たちの人生を、自分の意思で自分の体のそばに引き寄せて、地に足を付けて生きていくことと重なる。なので火がつくとポロッと泣けてくる(そして火起こしに関する補足情報が極厚!)。
さて、火が使えるようになったら……そう、「料理」もできる。
食べるものも、料理も、自分たちの手でひとつずつやっていく。文字通り手が動きまくるマンガだ。ジン先生が手にしているのは日本最古の作物こと里芋。非常にうまそう。本作の表紙をはずすと、火起こしに負けないくらい濃厚な里芋の補足情報がたっぷり読めるので、ぜひそちらもチェックしてほしい。
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori