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2025.05.21

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愛が重すぎる謎多き古参ファン!?  とある漫画の謎をめぐる宇宙一の青春譚

漫画家とそのファンのクロニクル

何年たっても好きな漫画がある。自分の口からポロッと出る言葉や、いざというときの態度に、その漫画の線が写り込んでいるのを自分だけが知っている。あるいは、あまりにおもしろい漫画の最新刊が2巻だがどう考えても10巻以上続きそうなとき(かつ、その先生が遅筆で知られているとき)、クラクラしながら「結末を見届けるまで絶対に生きてやる」と思う。リアルに「死ぬまいぞ~」と決意するのだ。

命を燃やして、その作品をがんばって描いているのは作家なのに、待っているこちらまで謎に力んで、勝手に一蓮托生のつもりでいる。あれはなんなんだ。そして、なんて重たいんだ。
『星描けるぼくら』の“ノラくん”が“三世界ねこ(ペンネーム)”に向けるクリアなまなざしもまた、まさにファンが作家へ傾ける重た~い愛そのものだ。ノラくんは三世界ねこ先生のことを「神」と呼び、崇拝し、先生の「ある漫画」の続きを待つ。

待つというのはドラマチックな行為だ。10秒でも100年でもドラマになる。そして待つ側と待たせる側の両方に物語が広がり、やがてひとつの世界に包まれていくことを感じさせる。『星描けるぼくら』はそういう漫画だ。
どんなに時間がかかっても、きっと三世界ねこ先生は「あの漫画の続き」を描いてくれるはず。ノラくんはそう信じてひたすら待ち、先生も「必ず描く」と約束する。

もう、何年だって待ちますよ、必ず描いてくれるって信じてます。で、待ちに待った最新作をやっと手にして、いざ読んでみると……?
三世界ねこ先生~! これは「あの漫画の続き」ではない気がするのですが? なぜ神は急にメシ漫画を描いたのか? 神のお考えがファンにはわからない。いや、待たせる側にもいろんなドラマがあるのだ。

『星描けるぼくら』は美しいクロニクルだ。とても豊かな全5話のなかで作家とそのファンが結びつき、それぞれの命が輝いている。

売れてたらさっきのノラ猫も飼えるのに

三世界ねこ先生とノラくんの付き合いは長い。子供の頃から漫画を描くことが大好きだった先生は、漫画家になる夢を抱えたまま25歳を迎えていた。

デビューを目指して出版社に通うも、編集者との打ち合わせで「なるほど」と全体的にほめられたのち、鋭いダメ出しと曖昧な返事にガックリしたり(胃がキュッとなる!)。日々が手応えゼロで、無職だし疎外感がものすごいし、唯一心が躍るのはノラ猫をなでるときだけ。そのノラ猫さえ、貧しい自分には飼うことができない。未来がひたすら暗い。

そんな行き詰まった彼のもとに“その人”は突然現れた。
フィクションに出てきそうな殺人鬼然とした男が自分のアパートの室内に立ってる! そのノーアポの男はなんだかヌルッと自己紹介を済ませてしまう。
そう、このときの彼はまだ「三世界ねこ」という小学生時代に考えたペンネームでデビューしていなかった。この夜、ノラくんとの会話によって三世界ねこ先生はあらためて誕生し、運命が確定したともいえる。

ノラくんは飢え死にしそうな先生のために焼肉をふるまう。
なんて温かいリスペクトなんだろう。先生のクリエイティビティをノラくんは心の底から敬愛している。このときのノラくんは間違いなく先生にとって恩人。でも先生こそが自分の恩人なのだとノラくんは語る。

ノラくんは、三世界ねこ先生が小学生時代に描いた漫画『ムゲンミライ』で人生が変わったのだという。それは名もなき星の開拓漫画だった。そしてノラくんは『ムゲンミライ』の続きを渇望していた。

無理やり描いてもらうのは違います

どこか浮世離れしたノラくんは、ときどき三世界ねこ先生の前にふらりと現れる。あの漫画の続きはまだですか、楽しみに待っていますよ、と。
たとえ待望の新作が『ムゲンミライ』とは似ても似つかぬメシ漫画でも、そりゃ「なんだこれは……」と険しい顔になっちゃうけど、とはいえ無理やり描いてもらうものじゃないことも、ノラくんはわかっている。ファンの鑑のような男だ。

これはノラくんが『ムゲンミライ』を待つ物語であり、漫画を描くことそのものと、誰かのクリエイティビティを愛すること、そして三世界ねこ先生の物語でもある。すべてがきれいに響き合う。
メシ漫画の赤裸々なる舞台裏! でも三世界ねこ先生はデビューできている! デビュー前の鬱屈からデビュー後のもどかしさ、インスピレーションを漫画に溶かし込んで売り物にしていくいろんな瞬間にノラくんは立ち会う。

あるときは「担当編集とやらとの戦い」に参戦してみたり。
担当編集をやっつければ『ムゲンミライ』への障壁が消えて先生は続きを描けるようになる? ここでノラくんはとても大切なことを教わる。三世界ねこ先生はたしかにノラくんの人生を変える存在だ。そして先生にとっても、それは同じ。
忘れられないページがたくさんある漫画だ。最後まで読んだあとに時空が伸び縮みするような感覚に包まれて、また最初から読みたくなる。

レビュアー

花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。

X(旧twitter):@LidoHanamori

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