『東京アリス』『クローバー』などで知られる稚野鳥子先生による、注目の新作『箱庭モンスター』。少女漫画のイメージが強い稚野先生が今回選んだ連載雑誌は、なんと青年誌モーニング。
物々しいタイトルですが、今作で取り上げている“少女漫画家”。稚野先生ご自身が長らく少女漫画家として活動されています。では少女漫画家とは一体どんな存在なのでしょう。その実態について意外と世間には知られていない、あるいは幻想と共に語られている、そんな謎多き正体を明らかにする。『箱庭モンスター』は、ある種パンドラの箱を開けるような作品かもしれません……!
本作の主人公は、臼井(うすい)英。週刊誌『リアル』編集部でパワハラ、超過労働、私生活ゼロという地獄のような日々を過ごした彼は、突然の少女漫画編集部への異動に、喜びを隠せません。
漫画編集経験ゼロの、希望に満ちたピュアな青年に、いったいどんな日々が待ち受けているのか。
少女漫画誌「アンブラッセ」編集者であり、同期の三上から「ようこそ魔窟へ」と挨拶される臼井。
「アンブラッセ」とは、フランス語で「キス」という意味。稚野先生の『東京アリス』が雑誌Kissで連載されていたことを知る読者なら、ついニヤリとしてしまうでしょう。
副編集長の大沢の強烈な助言もあり、戸惑う臼井。さっそく雲行きが怪しくなってまいりました。
ちなみに本作は、フィクションとノンフィクションの境界線が曖昧な世界観で描かれています。世に知られる少女漫画の名作の数々も登場し、作品にリアリティをもたらしているのです。
私自身、男性ではありますが幼少期に『パタリロ』を全身で浴びて以来、『お父さんは心配症』『ときめきトゥナイト』『小山荘のきらわれ者』『輝夜姫』『八雲立つ』『ハチクロ』『のだめ』『ちはやふる』『となりの怪物くん』『春待つ僕ら』『脳内ポイズンベリー』『リアルクローズ』等々、数えきれない少女漫画に夢中になってきました。
そんな少女漫画好きの心をくすぐるような描写もちらほら。下のコマは、少女漫画家の99.9%は女性である、という三上の解説に添えられた、残り0.1%の存在に言及する場面。サングラスに黒髪オールバックの著者自画像が思い浮かぶ、あの先生のことですね!?
また、最近は割と知られてきているかもしれませんが、漫画づくりの工程がわかる解説も。(新入りが担当するという予告や読者ページも、その裏側では担当者やデザイナーたちの様々なアイデアや苦労で成り立っていることを付記しておきます)
さて、新人編集の臼井が担当することになった4名の作家、言うなれば四天王がこちら。
「漫画編集初心者ですが頑張ります」と意気込みを伝えると「組織の人間は気楽でいいわよねー」と言われてしまったり、「担当ガチャ、今回はどうかしらね」と値踏みされたり、なかなか前途多難な顔合わせ。
実在モデルがいるのかは定かではありませんが、長きにわたり少女漫画界で活躍されてきた稚野先生が描いているゆえ、登場する漫画家の言葉にもリアリティが生まれますね。
そして最後に登場するのが、1千万部突破の実績がありつつ最近はぱっとしない人気作家・光谷(みつや)まんだ先生。誰も会ったことがないことで有名。性別も年齢も不明という謎の漫画家です。
打ち合わせは基本、ネットのみ。顔合わせで気に入らないと30分も経たず打ち合わせを終わらせてしまう、そんなラスボス感漂うまんだ先生に対し、編集長からはこんな厳命が。
臼井は果たして、30分チャレンジをクリアできるのか!? また、そのための手段として繰り出した秘策とは!?
ちなみに作中では、まんだ先生とのこんなやり取りも描かれています。
光りがあれば影が生まれる。キラキラ輝いているように見える少女漫画家にとって、これもまたひとつのリアルな姿なのかもしれません。稚野先生が描くから信ぴょう性が増します……。漫画家生活のシビアな現実。コメディタッチなのでポップに読めちゃいますが、ガチな話、健康を損なってしまう先生がいるのも事実。この場を借りて、どうか食事と運動、そして睡眠には気を配ってほしいと、一読者からのお願いです。
そんな少女漫画家のダークサイドに触れて闇落ちしそうになりますが、まんだ先生のヒット作『恋愛的瞬間』を、臼井があらためて読み直すこの描写は、少女漫画の魔法が感じられる印象的なシーン。
桜の舞い散る風を頬に感じる――まんだ先生の箱庭(作品)の中に入り込んでしまったような感覚に陥った臼井は、先生のその才能を目の当たりにし、思わず鳥肌。そして、この作品を超える漫画を作ることができるのかと、震えるのです。
まんだ先生を通して、稚野先生による劇中オリジナル漫画が読めるかもしれないという点で二度美味しい。一方で夢を見させるだけが漫画じゃないと言わんばかりに、少女漫画家や少女漫画雑誌のシビアな現実も提示されます。作中に登場する四天王たちと臼井のやり取りを読みながら、現実の稚野先生と担当編集の関係性にも想像を巡らせてしまう本作。
謎多き少女漫画家の生態のみならず、漫画作りや漫画業界そのものの秘密にも触れられる、漫画好きに絶対的にオススメしたい作品です!
レビュアー
中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
twitter:@hoshino2009