不思議な魅力に満ちた幻想譚
そして、その「忘れる」きっかけを作ったのが自分だったとしたら──。
取り残され、立ち止まった少女が、蚕のお姫様「ひいさま」に願ったこととは?
養蚕を軸に繊細で幻想的な世界を描く『シルク・フロス・ボート』第1巻が、2025年1月22日に発売されました。
ファンタジーでありながら、現実の感覚を残したまま展開する物語。その絶妙なバランスが光る作品です。
しゃべる蚕「ひいさま」との出会い
ある早朝、散歩をしていたひかるは、小川あさひという少女と出会います。彼女は桑の葉を摘んでおり、その手には1匹の蚕(かいこ)が乗っていました。
「あなたの困り事をほどく力があります」
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彼女が抱えていたのは、亡きクラスメイト・鹿児島魚子(ななこ)への深い後悔でした。
「魚子が死んだのは自分のせいかもしれない」
自責の念に駆られるひかるでしたが、ひいさまと出会ったのち、世界は一変します。
まるで最初から存在しなかったかのように、ひかる以外の誰も魚子のことを覚えていない──。
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苦戦しながらも、一つの命と向き合いながら、彼女の止まっていた時間が少しずつ動き出していきました。
養蚕の手順を追いながら、止まった時が動き出す
絹(シルク)を生み出す蚕は、古くから人々の暮らしを支える大切な生き物でした。そのため、かつては「お蚕様」と敬われていたほどです。
しかし、蚕は人の手なしには生きられません。
自ら飛ぶこともできず、餌を見つけることもできない。
「人の手なしに生きてはゆけないあの子達をどうか育ててくださいな」
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その言葉の重みを、ひかるは養蚕を通じて痛感していきます。
けれど、養蚕には避けられない現実があります。
繭から生糸を取り出すためには、蛹の状態の蚕を殺さなければなりません。
「育てる」という行為が、「奪う」という選択につながる──。
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一方で、あさひは淡々と養蚕を続けています。
命の儚さと、命の循環。
ひかるがこの道を進んだ先に、どんな答えが待っているのでしょうか。
傷を抱えた3人の少女たち
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「ひかるのことは許せない」
「生き返ったからといって、何かが変わるわけじゃない」
そんな思いを抱えながら、あさひと共に暮らす魚子。
ひいさまが与えた「もう一度生きる機会」は、彼女にとって救いなのか、それとも──。
また、本作のあらすじには「取り返しのつかない傷を負った3人の少女」とあります。
ひかると魚子の傷は明確ですが、あさひの背景はまだ謎に包まれています。
彼女はなぜ養蚕を続けているのか? ひいさまと何か契約を交わしているのか?
ひいさまは、彼女たちを「救済する者」なのか? それとも「試練を与える者」なのか?
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タイトルに込められた意味
シルクフロス(絹糸)が、傷ついた少女たちを結び、次の場所へ運んでいく。
それは、彼女たちが自ら漕ぎ出す小舟(ボート)のようでもあります。
また、「フロス(floss)」という言葉には、「けば立つ」「ほつれ」といった意味もあります。
まるで、少女たちの繊細な心や、過去の「傷」を象徴するようにも取れます。
幻想的な物語に秘められた、現実の痛み
取り返しのつかない傷を抱えながらも、それでも前へ進もうとする少女たち。
彼女たちの行く先を、どうか見届けてください。