地方出身者は、期待と孤独を抱えて大学デビューを果たす。キャンパスのあちこちで繰り広げられるクラブやサークル勧誘で、物心ついて以来の“ちやほや”扱いを受けて「どんな楽しいことが待っているんだろう」と期待に胸を膨らませる一方で、一人住まいに戻ると「まわりに誰も知っている人がいない」という孤独に苛(さいな)まれる。地方の小さなコミュニティで生きてきた学生の期待と孤独に引き裂かれた状況に、とびきり魅力的で怖いお姉さんが侵入してきたら……。
同級生は4人、信号もない村から都心のマンモス大学に入学した凛太。彼は高校生で文学賞を獲った和泉透という作家が好きな、本好きの地味学生。大学初日の喧騒から逃げ出した図書館で、魅力的な女性と出会う。第1次接近!
読書好きの人が集まる文芸部に入部すれば、穏やかな学生生活が送れるだろうと部室を訪れると、そこには想像以上の見学者が! 彼らの目的は文芸部に在籍する「艶々の肌にサラサラの髪…、ふわふわな雰囲気とは相反してゴマカシなしの顔面偏差値!」という紫水ふみ先輩とお近付きになること。そう! すでに第1次接近を果たした、あの女性だ! そして文芸部部長宅での部屋飲みから文学談義、さらには官能小説の話になる。そこで出てくるのが……、
凛太はまだ知らない。
童貞にも関わらず『眠れる美女』プレイを強要され、心をグッチョングッチョンにかき乱されることを……。
ふみさんは、寝かせてくれそうにない。
もちろん凛太は“良い人”なので、ふみさんの挑発に乗らない。いや、“良い人”だからか?
凛太は“良い人”ではなく、ただ“怖い”のだ。彼が考えるセックスを行うまでのステップ、恋だの愛だの信頼だの……、全部すっ飛ばして成功/失敗という結果が出るセックスに恐怖した。それを“良い人”という仮面を被って、自分のプライドを守ったに過ぎない。そしてふみさんは、凛太が仮面を脱がない小心者だと見越している。
ふみさんは小動物をいじめるように、凛太への挑発を繰り返す。あの夜に隠し撮りした写真を文芸部員にばら撒くと脅して、凛太が大学生活に抱える孤独への恐怖心を煽り、彼のセックスへの抑えられない衝動を見越して部屋へ招き入れ、再び“良い人”の仮面を付けさせる。
これを「変態」と呼べばとんだ性的虐待であるし、「性的倒錯」と呼べば『眠れる美女』的な展開である。もちろん「すっごいエロいお姉さんがグイグイ迫ってくる夢展開」の漫画でもある。川端康成だって、それくらいのサービス精神をもって『眠れる美女』を書いたことは間違いない。では、ふみさんはどうして凛太を執拗に誘惑し続けるのか? 凛太の部屋に押しかけたふみさんは、彼を押し倒してこう言うのだ。
“良い人”の仮面を被りながら、凛太の体は正直に反応する。ふみさんは、ただの小心者のくせに“良い人”の仮面をかぶる凛太を嘘つきだといい、さらには仮面を外すための言い訳まで与えるのだ。曰く「相手の女がエロすぎた」と……。“良い人”は言い訳を使わない。それを分かったうえで、ふみさんは凛太から言い訳という退路を奪い、精神的に追い詰める。人を傷つけることのない小動物のような凛太の顔にベッタリと張り付いた仮面を、ふみさんはセックスというペンチで無理やり引っ剝がし、その下にある凛太の恥辱の素顔を覗きたい。いや人格を潰したいのか?
しかし、ここにきて凛太は必死の抵抗を見せる。
そういう凛太は、まだ「本当に大事なこと」がどういうものか分かっていない。セックスだの、孤独だの、不安だの、自分の内面に向き合っていない人間が言いそうなことだ。そういう薄さを自覚しない人間を描くことにおいて、この漫画は本当にリアルに迫っている。「私は誰も傷つけません」と生きていくことで、「誰も私を傷つける権利はございません」「適度な距離感を保ってください」「ちゃんと段階を踏んでください」と相手に求める事はできない。そういう凛太の欺瞞をふみさんは嗅ぎ取ったに違いない。
しかし、そんな人間はいくらでもいる。
どうして凛太だったのか?
ここからの物語は、そこを軸にさらにヒートアップしそうな気がする。
レビュアー
嶋津善之
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。