現実へと侵食していく禁忌の夢
美しい妻の明美、長男の健、そして大学受験を控えた高校生の娘・萌。後藤家はどこから見ても理想的な家族だったが、それはそう見せていただけにすぎない。かつて精神的に不安定だった妻は、幼い健に火傷を負わせる虐待を行い、さらには息子の主治医と不倫した過去があった。そうした過去に蓋をして、形だけ取り繕っている家族。それが後藤家の真実だった。
「妻は今も不倫しているのではないか」という不信。
「妻の気質が娘に遺伝しているのではないか」という妄想。
そして「萌は自分の娘ではないのではないか」という疑念。
自分が見た禁忌の夢の原因を、後藤はすべて“妻が悪い”という一点で押し通す。そんなとき、萌の部屋が荒らされる。再び精神が不安定になった妻によるものなのか?
萌に尋ねても口を閉ざすばかり。
しかし、後藤は知らない。
強迫観念に囚われ、見てはいけない夢を見る男の話。すでに破綻しているものを必死に修復しているつもりだが、実は破壊に突き進む男の話かと思いきや、「守りたい」「守らなければ」と思う娘が、最も恐ろしく強い生き物だったという話。この第1話の転換に背中がゾワゾワする。もはや、後藤に光明はない。必ず自滅する。読者はそれを確信しながら、いかに自滅するかをマゾヒスティックに見守るしかない。
交錯する策謀と欲望
しかしそれを理解した瞬間……、
自分には好きな人がいると告白するのだ。
優しくて
尊敬できて
素敵な人ですよ
私をいつも
見守ってくれている人です
将来は田舎(いなか)の小さな
ログハウスで2人
仲良く暮らします
子供は絶対
2人以上って
決めてるんです…
ふふっ
私が勝手に
ですけどね
きっとクリクリした髪に
パッチリした目の
可愛い子です
子供の名前は
まだ決めて
ないんですけど
ここで物語は、さらにツイストする。
実は、長男の健は事故前後の記憶を失っていなかった。彼は家族を元の姿へ修復するため、探偵事務所に萌の素行調査を依頼する……。萌を中心とした深い闇は、さらなる小さな闇を惹きつける。健から毟りとれるだけの金を得ようとする探偵事務所。さらに大学に進学した萌を狙う、女生徒を食い物にする大学講師の三橋。きっと、そうした小さな闇は、萌という深い闇に呑み込まれてしまうだろう。そして最後に呑み込まれるのは、きっと父に違いない。後藤の心は、どんなふうに壊れるのだろうか? 『娘の寝室』という作品は、その壊れる感触を克明に描き出すだろう。夢のように。