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2025.01.19

レビュー

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実の娘とセックスをした──もちろん、夢の中で。背徳のファミリーサスペンス!

現実へと侵食していく禁忌の夢

夢の記憶は、目を覚ました瞬間からディテールが消えていく。それが楽しい夢であろうと、悲しい夢であろうと、ポロポロとが剥がれ落ちるようにディテールが欠損し、やがてストーリーさえ失われていく。人の話す夢の記憶が、どうして面白くないのか? その記憶は、覚醒した脳がディテールを埋め、再構成したニセモノだからだ。夢の話で最も大切なのは感触と感情であり、ストーリーではない。ナイフで人を刺したときの手応え、空から落ちる恐怖。それを言葉や映像に置き換えることは、とても禍々(まがまが)しい。本作『娘の寝室』は、そういう禍々しさに満ちている。
大学講師の後藤が覚えているのは、娘の肌の感触だ。夢の中で娘の萌を抱いた。それがたとえ夢の中であったとしても、後藤は父として倫理観の揺れを自覚する。しかもなぜか、目覚めた時にパンツを履いていなかった。

美しい妻の明美、長男の健、そして大学受験を控えた高校生の娘・萌。後藤家はどこから見ても理想的な家族だったが、それはそう見せていただけにすぎない。かつて精神的に不安定だった妻は、幼い健に火傷を負わせる虐待を行い、さらには息子の主治医と不倫した過去があった。そうした過去に蓋をして、形だけ取り繕っている家族。それが後藤家の真実だった。
「妻は今も不倫しているのではないか」という不信。
「妻の気質が娘に遺伝しているのではないか」という妄想。
そして「萌は自分の娘ではないのではないか」という疑念。
自分が見た禁忌の夢の原因を、後藤はすべて“妻が悪い”という一点で押し通す。そんなとき、萌の部屋が荒らされる。再び精神が不安定になった妻によるものなのか?
萌に尋ねても口を閉ざすばかり。

しかし、後藤は知らない。
娘の本当の姿を。

強迫観念に囚われ、見てはいけない夢を見る男の話。すでに破綻しているものを必死に修復しているつもりだが、実は破壊に突き進む男の話かと思いきや、「守りたい」「守らなければ」と思う娘が、最も恐ろしく強い生き物だったという話。この第1話の転換に背中がゾワゾワする。もはや、後藤に光明はない。必ず自滅する。読者はそれを確信しながら、いかに自滅するかをマゾヒスティックに見守るしかない。

交錯する策謀と欲望

家族を壊そうとする萌の策謀に一人だけ気づいた人間がいる。長男の健だ。
しかしそれを理解した瞬間……、
階段から突き落とされて、健は意識不明になる。記憶障害で事故前後の記憶を失い、それが戻ってくるかどうかわからない。そんな医師の宣告に、萌は笑みを浮かべる。そんな健の病室に姿を消していた妻や、かつて妻と不倫していた医師まで現れ、考えうる最悪の修羅場が展開される。
こうして脆くも後藤家は崩壊する。憔悴する父を好機と見た萌は、さらに揺さぶりをかける。
自分には好きな人がいると告白するのだ。
優しくて
尊敬できて
素敵な人ですよ

私をいつも
見守ってくれている人です

将来は田舎
(いなか)の小さな
ログハウスで2人
仲良く暮らします

子供は絶対
2人以上って
決めてるんです…

ふふっ
私が勝手に
ですけどね

きっとクリクリした髪に
パッチリした目の
可愛い子です
子供の名前は
まだ決めて
ないんですけど
すでに崩壊寸前の後藤の心を空虚な言葉で支え、自分がいないと立っていられない状況にしようとする萌。恋する“女”としての視線が、ただひたすらに恐ろしい。しかし萌は、なぜ彼を愛するのか? なにも説明されていないが、それはやはり“父”だからだ。その証拠に、父には「後藤」という名字しか与えられていない。萌が一人の完成された“男”を求めているのであれば、名前が与えられていたはずだ。でも彼女が求めているのは、愚鈍で鈍感な“父”という存在なのだ。さらにいえば容姿や心の良し悪しも求めておらず、ただ“父”でさえあればいいのではないか。

ここで物語は、さらにツイストする。
実は、長男の健は事故前後の記憶を失っていなかった。彼は家族を元の姿へ修復するため、探偵事務所に萌の素行調査を依頼する……。萌を中心とした深い闇は、さらなる小さな闇を惹きつける。健から毟りとれるだけの金を得ようとする探偵事務所。さらに大学に進学した萌を狙う、女生徒を食い物にする大学講師の三橋。きっと、そうした小さな闇は、萌という深い闇に呑み込まれてしまうだろう。そして最後に呑み込まれるのは、きっと父に違いない。後藤の心は、どんなふうに壊れるのだろうか? 『娘の寝室』という作品は、その壊れる感触を克明に描き出すだろう。夢のように。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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