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2023.12.09

レビュー

アキバで出会ってしまった一人のメイドさん。あの娘が僕の人生を駄目にする。

甘やかされたい男

AKB48、メイドカフェ、あきばお~にソフマップ。そして2004年3月、2ちゃんねるの書き込みから始まった『電車男』で、秋葉原はオタク文化の聖地となった。あれから20年。秋葉原は、浅草の雷門や渋谷のスクランブル交差点と同じような「日本を旅行するなら見ておくべき風景」としてインバウンド消費されている。

本作の冒頭で、主人公の三橋鵤(いかる)は、秋葉原の街をこう表現する。





電子部品、パソコン、ケータイ、ゲーム、アニメ、アイドル、メイド、カード、フィギュア……と、オタクたちの求めに応じて装いを変えてきた秋葉原。かつて、そこには強いエネルギーが渦巻いていたが、今はどうだろう? 「時が止まったまま」という鵤の言葉は、延々と消費されるだけの今の秋葉原を言い表しているように思う。そして、そんな街を居心地が良いという鵤もまた、怠惰な停滞のなかで生きている。









甘やかされたい━━

暴力を振るう父親。自分を置いて家を出た母親。上京して発覚したPTSD(人の怒鳴り声にパニックを起こしてしまう)。空っぽな自分を何かで埋めることも放棄し、ただ夢想して自慰を繰り返す。夢想の相手は、彼が警備員を務めるビルのメイドカフェで働く小鳥遊鶴子。







鵤はある日、意を決してメイドカフェを訪れる。しかし、彼女にご主人様と呼ばれ、オムライスにケチャップで似顔絵を描かれても満たされない。当然の話だ。しょせんはメイドカフェでのロールプレイであって、そこで客と店員以上の関係が生まれるはずもないのだから。

「俺、なに期待してたんだろう」

そこで電話が鳴る。
ミスを咎める上司からの怒鳴り声でパニックを起こした鵤は、メイドカフェから逃げるように帰ろうとする。










こうして鵤は、なすすべもなく鶴子に絡め取られていくことになる。

どこまでも堕ちていく

これをきっかけに鶴子と鵤は接近し、LINEでやり取りを始める。







そしてデートの個室居酒屋で、さらに鶴子は詰めてくる。









男の心を操り、翻弄し、(いつか)打ち捨てる。鶴子は男を破滅させる魔性の女(=ファム・ファタル)だ。鵤が性器に突き動かされているだけの空っぽな男であることを見抜き、鶴子は「ご主人様」と言いながら笑顔で支配していく。
今すぐチェキを使ってトイレで自慰してこい、と指示する鶴子は恐ろしい。
しかし、本当に怖いのは鶴子か?

鶴子の指示に「従わなきゃ」と思う鵤。
デートの日まで自慰を禁じられて素直に従う鵤。
自我らしき自我もなく、ただ「甘やかされたい」と願う鵤。
鵤の空虚さのほうが、よほど恐ろしくはないだろうか?

そんな空っぽな鵤を、鶴子は完璧に満たしていく。





「こんなダメな人間なのに」という人間に、これほどの「甘やかし」の言葉はない。外から見れば鶴子は男を破滅させる魔性の女だが、鵤にしてみればすべてを満たしてくれる運命の女(=ファム・ファタル)なのだ。

言葉と笑顔で男の心と性器を握り、ひたすら堕落させようとする鶴子。
運命の女に、もっとダメになろうと言われて絶対に抗えない鵤。
ふたりとも鳥の名前を持ちながら、飛ぶことを放棄し、競うように堕ちていく。

主導権を握っている鶴子が、なにを目論んでいるのか、今のところはわからない。しかしこの後、鵤の上司が失踪して物語は意外な展開を迎える。物語の方向を指し示すキーワードは「ユーサネイジア」。その意味は「安楽死」。

このまま鵤は堕ちていき、甘やかしの果てにゆるやかな死を迎えるのか?
その死は、鵤にとって甘美なものだろう。しかし、そんな底の浅い話にはならない気がする。
さらにその先まで堕ちていく。
この作品はそんな予感に満ちている。

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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