ページをめくる指がヒリヒリしてくるようなマンガだ。
ファッション業界のお仕事マンガということで、着道楽としては絶対に読まねばと思った『アパレルドッグ』は期待以上に熱くてリアルで働く人の胸に刺さる。喉の奥に石が詰まったようなプレッシャー、アドレナリンが出すぎて脳がフル回転しているのか静止しているのかまったくわからなくなるあの瞬間、そして働きまくってクタクタになった体に少しだけ漂う充足感。全部ある。
本作では、着道楽なりにうっすら予感していた「アパレル業界のハードさ」が存分に描かれる。手加減なしの弾丸のようだ。しかも果てしない。
アパレルブランド「ミシロ」で働く“田中ソラト”の仕事はMD(マーチャンダイザー)。
会社説明会に集まった大学生に向かって「売れないと死亡ですから」と淡々と語るソラトは入社8年目。イイ感じに目が据わっているように見えるが、さて内心はどうなのか。
服が、靴が、ファッションが好きで好きでたまらなくて選んだ仕事。でも顧客はファッション性やトレンドを重視する人ばかりではない。そう、好きなことを仕事に選んだけれど、好きなことだけが降ってくるような都合のいい仕事はない。でも仕事を「やーめた」なんて言えないし言いたくない。ソラトには奨学金の返済があるし、そもそもファッションの仕事が好きなのだ。
そんな彼の魂が垣間見えるのが、ソラトの自宅だ。
下北沢の今にも崩れそうな安アパートは部屋全体がクローゼット。服も、帽子も、小物も、ひとつひとつ大切にされていることがわかる。ルイス・ポールセンの照明も、きっとソラトの宝物たちを美しく照らすために選ばれたのだろう。
この美しい部屋を思うと、彼が自分の仕事に向ける愛憎と焦りがヒリヒリ伝わってくる。
そんなソラトの仕事に転機が訪れる。
高品質かつ低価格な衣料をグローバル展開する「アンノワ」が、ミシロの牙城を崩しにきた?
本作では、「服の売れない時代」なんていわれる現代に君臨するアンノワがいかにすさまじいブランドであるかが何度も描かれる。
実在のあのブランドを想像しながら読むとより面白いはず。そしてアパレル業界の人たちならではの着眼点や、服への敬意のようなものが伝わってきて、そこも本作の面白さだと思う。なぜその生地を選ぶのか、なぜそのパターンにするのか、すべて理由がある。そしてどんなファッションを選ぶ人のことも、どんな服のことも、失礼に扱わないのだ。
さて、アパレル戦国時代の王者ことアンノワに立ち向かうべく、ミシロはメンズを新たに立ち上げることに。一世一代の大勝負だ。ソラトは社運をかけた「ミシロ・メンズ」のMDを任されるも、顔は真っ青。なぜなら、ソラトにはメンズが「負け戦」だとしか思えないから。
メンズが潰れすぎて、MDにとって命のような存在の「データ」がそもそもない!
服が売れない時代の、こだわりのない人が選ぶメンズって? ああ、手も足も出ない。それはそれとして、ソラトが今日着てるバイカラーのニットがめちゃくちゃかわいい。とくに袖!
『アパレルドッグ』は登場人物のファッションも見どころで、それぞれの人となりが伝わってくる。なにより眼福! 表紙では、ストライプのフリルジャケット(25000円)とレースシャツ(8990円)とラインパンツ(12000円)をミシロ社員たちがそれぞれ着こなしていて最高だ。
負け戦にしか見えないと散々渋るも、ソラトはミシロ・メンズのMDを引き受けることに。というか会社員に選択肢はないのだ。会社に所属し続ける限り、降ってくる仕事は基本的により好みできない。イエスかハイだ。
仕事してるからって別に褒められないし、むしろボッコボコにされる日だってある。しかも指摘内容が的確だから余計にキツい!
スケジュール、予算、客層の実態、ミシロらしさ、ライバル店の動向……使える情報はすべて使って、そして自分の信念を灯りのように見つめながら、ソラトはミシロ・メンズの戦略を練り上げる。
ミシロ・メンズのコンセプトは? 思わず「そうきたか!」と声が出た。それにしてもソラトの私服が今日も最高だよ。
レビュアー
花森リド
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
X(旧twitter):@LidoHanamori