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2023.10.16

レビュー

健康のために特別なことはしなくていい。住まいと食べものから変えていく病気を遠ざける暮らし方

自然に沿った暮らし、それは腸内細菌を元気にする生活

本書の著者・本間真二郎氏は、札幌医科大学医学部を卒業後、道内のさまざまな病院で勤務。2001年から3年間、NIH(アメリカ国立衛生研究所)でウイルス学、ワクチン学の研究にも携わった医師だ。そして2009年、本間氏は栃木県の那須烏山市に移住し、国民健康保険七合診療所の所長へ。その地で地域医療に従事し、米を作り、野菜を育て、麹菌(こうじきん)を培養して発酵食品を手づくりする生活を送っている。
ネットで写真を見るかぎり、その診療所は大きな施設ではなさそうだし、私が那須烏山市の住人なら、こう思うだろう。

な~んでまた?
そんなえらい先生に来てもらったのは、ありがたいけれど……

移住した理由は、いくつかありますが、いちばん大きな理由は、それまで「医師として漠然と抱いていた疑問」を解決するためには、専門の「医」だけではなく、もっと根本的なところから総合的に考える必要があると思ったからです。
すなわち、「医」の前に「食」があり、「食」の前に「農」があり、「農」の前に「微生物」があるということになります。
これらをトータルに考えなければ、「人がなぜ病気になるのか」「どうしたら健康でいられるか」の、本当の意味が見えてこないと気づいたのです。

「び、微生物!」と驚いたが、本間氏はシンプルに説明してくれる。

「人のからだをつくり、健康に生きていくもとになるものは、日々の生活にこそある」
「病気になったということは、その日々の生活が、自然からはずれているためである」
「病気を治しているのは、自分の力そのものの、自然治癒力である」

さらに自然に沿った生活とは、腸内細菌を元気にする生活であり、それこそが本書のタイトルにもなっている「病気を遠ざける暮らし方」の本質なのだという。しかし同時に、本間氏は「自然な暮らしに近づけることは大切ですが、『絶対こうしなければならない』というふうには考えない方がいいでしょう」と、謎かけのようなことを言う……。

どっちよ、どっち?

実は、ココがこの本の面白いポイントなのだ。人は、とかく健康のこととなると「~しなくてはいけない」「~を食べなくてはいけない」と考えがちだ。しかし、それでいいのだろうか?

最大の病気予防はからだ本来の働きを高めておくこと。ここで本間氏は「自己軸」と「他者軸」という考え方を提示する。

たとえば新型コロナウイルス。感染、発症、重症化、死亡という進行は、ウイルスという「他者」ではなく、自分の免疫力という「自己」の力により決まる。三密対策などウイルスという他者に軸を置いた対策でも、効果は期待できる。しかし状況がどこまで進行するかは、自己の免疫力次第なのだ。

さらに本間氏は、健康に限らず、生活、政治、経済などあらゆる分野で「何かに頼る」「他者軸に依存する」ことが多すぎるのではないかと問いかけ、自己軸を高めるにはどうすればいいのかを語る。すなわち自分で考え、自分で行動し、自分の力で問題と向き合い、自分で責任をとること。本間氏が、那須烏山市に移住し実践しているのはまさにコレなのだ。だから、この本を読んで「本間氏が言うからそうする」というのは短絡的な他者軸に寄った考え方になってしまう。

また本間氏は、(自己軸を確立したうえで)他者軸を取り込む「自他の統合」も大事だという。「精神的」にも「身体的」にも、他者を理解したうえで自分に生かすことで人間は成長するからだ。それを人間は体内で無意識のうちに行なっている。免疫力と菌がやり取りを行い、赤ちゃんのなかで確立される腸内細菌。身のまわりの菌やウイルスを取り込んで少しずつ完成し、維持される免疫系などは、そのいい例だ。

楽しい発酵生活レシピ

それを踏まえて本間氏は、「医」「微生物」が円環をなす自然に沿った生活を自ら選び、病気や健康を広い視野で総合的にみている。そんな本間氏が実践しているのが発酵生活だ。これが実に楽しそうなのだ。

みそ、しょうゆ、塩みりん風調味料、しょうゆ麹など、数多くの調味料の基本となるのが「麹菌」だ。これを本間氏は、田んぼで実った稲に宿る「稲だま」から取り出したという。はて、稲だまとは? 兼業農家の次男坊である私は、この実物を見た記憶がある。稲穂につく小さな黒い粒状のもので「なにか稲の病気?」くらいに思っていたが(あながち間違いでもなく、実際、農家の人は喜ばない)、これは穀物を発酵させるカビ菌の一種。この稲だまから取り出した麹菌の胞子を取り出し、培養・乾燥させたものが種麹。それが米麹、豆麹、麦麹のもととなり、さまざまな調味料が作られる。「麹ってすごい!」と思うが、その手間もハンパない。

稲だまから種麹を作るには4日~1週間かかり、本書によると、その工程はざっと18! そこから汎用性の高い米麹を作る工程は14! しかし、かつての農家はそれをやり遂げ、その土地、その家庭の食や健康を支えていたのだ。そう思うとDIY精神がくすぐられる。

本間氏は、調味料づくりを始めた理由をこう言っている。

自分の住む土地の麹菌を使うことにより、自然に沿った生き方の根本である「身土不二(しんどふじ)」という考え方を、本当の意味で実践できるからです。
身土不二とは、「私たちのからだと住んでいる土地は同じもの、切り離せない」という意味です。生活していくうえで、私たちが住んでいる土地と一体になっていくことが非常に重要です。つまり、その土地でとれる旬のものを食べるのが、いちばんからだにいい。そして、その食べものをつくっているのが、その土地の微生物というわけです。

なるほど微生物を大切にした、自然に沿った生活は楽しそうだ。しかし、皆がそれを実践できるかといえば、なかなかに難しいだろう。農業はそんなに「ゆるく」はないし、本間氏だってさまざまな試行錯誤を経て、多くの助けを得ながら今も探究しているはずだ。でも同時に、本間氏のライフスタイルや考え方は、「~~しなければいけない」「~~するのが豊かである」といった他者軸に寄りかかりすぎた私たちの生き方を見直すうえで多くの示唆を含んでいる。まずは本書を読んで、どう生活を見直せば微生物を大切にした生活が可能か、考えてみてはどうだろう。

レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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