毎日をキラキラに塗り替える才能の人
私のことを「中田敦彦に振り回されている可哀想な奥さん」とお思いの方も多いだろうか? でも、私自身にはあまり、振り回されているという感覚はない。
ごめんなさい。正直、そう思っていました。
福田萌さんといえば、まぁるい顔と愛嬌たっぷりの表情、育ちの良さそうな雰囲気の人。夫の中田敦彦さんは、意図してか/してないのか分からないけど、なにかと話題になってしまう人。そんなの「人ん家(ち)のこと」だけれども、振り回す夫と振り回される奥さんってイメージは持ってました。でも、ちょっと待って! この本を読んでいると、「やっぱり振り回されてるじゃん!」というところが結構あるのですよ。
福田萌さんという女性のスゴイところは、振り回されていても「振り回されているという感覚がない」ところ。それ、鈍感ってことじゃないですよ。そうじゃなくて、「全くこちらに合わせる気のないジェット機型走者」の夫が次々に見せる世界を、夫以上に楽しんでしまう天賦の才能を持っているってことなのです。新たな可能性、自由、それに伴う責任や苦労についても、目をキラキラ輝かせて楽しめちゃう人なのですよ。
それも彼女が、“ただポジティブな人”なら興味が失せると思うのです。でも彼女は、苦労や困難に凹み、涙を流し、不安に沈む人。なかでも印象的なエピソードが中田敦彦さんの「良い夫やめました」宣言です(事の始まりはこの記事。これを読んだ心情を思い計るに余りありますよ。特に理路整然としているところがまた……)。事前に相談もなく、この記事をネットで読んで傷つき、夫を問い詰める彼女。
そしたら夫は意外とケロッとしていて「夫をやめるわけではない、“良い夫”をやめるだけだ」という言い方をしていた。なるほど、離婚する意思があるわけではないとはっきりして安心した。そして、夫の言葉を聞いてなぜか私も肩の荷が下りた。私はそれまで、誰かと比較して劣等感に駆られ、“誰から見てもいい妻”になろうとしすぎていたことに気づいた。子どもにとっていい母で、夫にとっていい妻なら、あとはどうだっていいじゃないか。そんなふうに開き直ることができた。
安心しちゃうの?
開き直っちゃうの?
ついでに、すべて丸く収まっちゃうのぉ~~~!
もう大爆笑して、福田萌という人間が大好きになりました。
本書は、夫との出会いから結婚、家族4人でシンガポールへ移住したこと、二人の子どもの親として考えることなどが綴られている。さらに夫による福田萌さんについてのコラムや夫婦対談、9歳になる娘さんのインタビューまで収録されている。すべては「人ん家のこと」なのだけど、ここまで語られると、自分が中田家と家族付き合いしているように思えてくる。特に新型コロナウイルス感染が広がるなかでのシンガポール移住は、本当に大変だったと思う。夫婦別々の隔離生活、シンガポールのコロコロ変わるコロナ対策ルール、言葉に苦労する子どもたちの学校生活。「なにもこのタイミングで」と思うけれども、このタイミングだからこそ得られる体験があり、その苦労を乗り越える喜びが、福田萌という人間の糧になっているようだ。
妻でも母でもない自分に立ち戻る
そんな外からの刺激や変化に強い福田萌さんだが、内から湧く悩みはないのか? 第4章の「福田萌として……」で、その点について彼女はとても素直に書いている(この文章がまた人柄が滲み出る、いい文章なのだ)。宇多田ヒカルと椎名林檎が歌った『二時間だけのバカンス』の歌詞を引き、母になってドレスもハイヒールも活躍する機会がなくなった女性について考える。
ずっと私の憧れのスターであり、世界に能力を最大限に評価され、自分の力で地に足をつけて立っている、常に主役のような二人の歌姫。しかし、子育てにおいては「物語の脇役」と感じてしまうのか、と。
「この歌を聞くたびにのどの奥に魚の骨が刺さっているような感覚がずっとある」という彼女。王子様と結ばれ「末長く暮らしましたとさ」で結ばれるプリンセスストーリーには、その後も続く毎日がある。末長い幸せに満足できない自分を、焦燥感を、彼女は吐露する。そしてこう続く。
このありふれた日常の中に小さくていいから、スリルを感じて生きてみたいのだ。スリルを感じるということは、危険な恋に生きたいとか、バンジージャンプしたいとか、そういうことではない。母の私、妻の私ではない、ただの福田萌という私として、自分だけの自分を生きたいのだ。自分の人生を自分で決断して生きることは、誰かが道案内をしてくれるわけではない、スリルそのものなんだから。
ちょっとした心構えで変わるだろうか。
30代の後半戦、少しだけ自分を解放して生きてみたい。
福田萌さんは、なにを始めるのだろう? ささやかなことかもしれないし、夫の合理的ベクトルとは異なるハジけたものかもしれない。意地の悪い人は「夫婦揃って好き放題」なんていうかもしれないけれど、毎日をキラキラに変える生き方を、自分で選択する彼女の姿は、きっと多くの女性の背中を押すような気がする。
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。