「船の話」ってこんなにいっぱいあるの!?
船好きも、船を「ちょっと怖いな」と思っている人も、あと商船三井や日本郵船の株価が気になる人も、ブルーバックス『最新図解 船の科学 基本原理からSDGs時代の技術まで』をぜひ読んでもらいたい。
船の仕組みと歴史と魅力がよくわかる実に楽しい本だ(ちなみに私は船好きです。乗るのも見るのも好き。今治造船のご近所で育ちました)。
船好きのみなさんなら、あのなんとも美しい流線型のフォルムや船尾の水しぶきを想像しながら、船の形状と物理学のつながりに「なるほどねえ」と思うだろう。最先端の船にワクワクするだろうし、著者の池田良穂先生みずからが撮影したいろんな船の写真にグッとくるはずだ。
ふだんはなかなか拝めない舵もこの通り。ああ、小さな舵のパワフルさやスクリュープロペラとの関係をいつか船上で誰かに話したい。
そして船に乗るのが怖い人、あなたの気持ちはわかる。「そもそも、なんであんな重たいものが水に浮かぶんだ?」って思いますよね。「船が浮かぶのは浮力があるから」と学校で習ったけれど、図解でさらに踏み込んで考えると安心する。
「酔っちゃうから苦手」という人もいるだろう。揺れの仕組みや、改良された船も本書は教えてくれる。私の場合、かつて経験した水中翼船での船酔いの理由が本書で明かされて心底スッキリした。穏やかな瀬戸内海を渡ったはずなのに、後にも先にもないようなド派手な船酔いで「水中翼船、恐るべし」と震え上がったけれど、現在では揺れない水中翼船も存在するらしい。よかった。
さらに本書は海運と社会の話にも踏み込む。この2年間の海運業の株価推移に惚れ惚れしているが、船の働き者っぷりや貨物船の運賃の仕組みを本書で知って、背景が少しわかった。そして次世代の船が目指していることやSDGsを達成するために船が果たす役割を知ると、頼もしい業界だなあとうれしくなる(船とは少し話がずれるが、いろんな企業でSDGs推進担当となった人にとって、自分の仕事と社会を結びつける思考法を学ぶ良書でもあると思う)。
しかも船は省エネ界の優等生。
船舶の60%を超えるエネルギー効率は、火力発電の約40%や、ガソリンエンジン車の約30%のエネルギー効率に比べると極めて高いが、それでも捨てられているエネルギーの回収技術が綿々と続けられている。
クリーン化の取り組みや液化天然ガスの利用が進んでいることのことで、ますます期待できそう。
ということで、とても多角的な本だ。どこから読んでも楽しくて、どこを読んでも船をしみじみ好きになる。おそらく著者の「船愛」が伝わるからだ。
帆船復活?
本書は「船がなぜ浮かぶのか」から、船の進化の変遷、そして最新事情まで網羅している。
たとえば、水面に隠れてなかなか見えないが、多くの船首は下がぷっくりと膨らんでいる。この形も、船がいかに水からの抵抗をコントロールして効率よく進んでいくかを研究して編み出されたものだ。
球状船首があると、船に真正面からぶつかる波が小さくなる。
さらに船の進化でおもしろいのは、リバイバルのような変化やトレンドがあることだ。たとえばこんな感じ。
最近、横から見たときの、水面上の船首端部(ステム)が垂直の船が増えている。
垂直船首とはこういう姿だ。
ん? なんだろう、私の記憶にある「大きな船」とちょっと違う。
そうそう、こっちのイメージでした。このシュッとした傾斜船首と、ズドンと真っすぐな垂直船首について、池田先生は次のように解説する。
じつは、かつては垂直船首の船が多かった。水面上の船首が前に突き出した、帆船時代のクリッパー船首の名残をとどめた船首もあるが、この形は、水面下の球状船首の普及にともなって現れた。出入港時での見張りには、水面下の球状船首よりも前に突き出した船首端で行うことが最も安全であったことも大きな理由であろう。
しかし、前述したように荒天時の波浪による抵抗増加を小さくするためには、水面下の船首端を鋭くすることが効果的であることがわかり、水面上の船首端と水面下の球状船首の先端を真っすぐに結んで、船首端全体を尖らせることがさらに効果的であることがわかってきた。このために、あらゆる船種で垂直船首がみられるようになった。
昔のままに戻るわけではないが、「この形はもう絶対に使わない」とはならないのが興味深い。こんなふうに「現れては消え」を繰り返しているのが帆船だ。もはやテーマパークや映画の世界でしか会えないクラシックな存在だと思っていたけれど、ときどき復活している。
経済性を重んずる客船や貨物船の世界では、動力船によって、ほぼ駆逐された風力を利用する帆船だが、社会環境の変化によって何度か復活の兆しをみせている。
社会環境の変化とは、原油価格の高騰や、自然エネルギーをもっと活用しようという動きだ。技術だけじゃなく世情に合わせて船の姿は変わるのだ。
たしかにこれは帆だね! 思っていた帆とはずいぶん違うところも、モダンでおもしろい。
さらに「100年近い眠りから覚めたローター船」も本書では紹介されている。これが一度見たら忘れられないような不思議な形状だった。実際に手に取って確かめてほしい。
一生に一度の最高速力
本書には何度か「船の一生」の説明がある。船には名前も国籍も本籍地も誕生日もあるのだ。船が誕生する瞬間の描写がしみじみ美しいので、いくつか引用したい。まずは陸で造られた船が水上に浮かぶ様子だ。
進水式の会場で船主代表が大きな斧で支綱を切断すると同時に、機械的にトリガーが解除されて、船体重量による重力で船は船台上を滑り始める。大型船になると大きなビルほどの大きさの船体がトリガー一つで進水台に支えられているので、船を造る造船技術者にとっては緊張の瞬間である。(中略)
船台建造の船の進水式は、船主をはじめとして多くの来賓があり、華やかであり、船が海面に滑り降りる瞬間は感動的である。そして、進水した日が、その船の誕生日にあたる。
この誕生日でちょっとウルッとしてしまうが、泣いている場合ではない。赤ん坊と同じく船は自力で動くためにさらなる準備(工事)が必要なのだ。そしていよいよ試運転の日。
大型船では数日かけて泊まり込みで海上試運転が行われる。
行われる試験の中でも、速力試験は、契約書の中にも記された契約速力がでるかどうかが大事となり、でない場合にはペナルティ(罰金)を科され、最悪の場合には引き渡しの拒否にまで至る。この速力試験においてエンジンをフル回転してでた速力が(試運転)最大速力であり、その船にとって一生に一度の最高速力となる。
この「第5章 船の役割」を読んだあとで「第1章 船とは何か」に戻って、やがて役目を終えた船が解撤されていく様子を読むと、なんとも胸に迫るものがある。そして「第4章 船の運動」を読むと、操縦性や安全性を高める工夫の数々に、元気が湧いてくる。
夏休みに埠頭へ遊びに行ったり、諸島の観光船やフェリーに乗る人も多いだろう。この本で船の技術や働きぶりを知ると、目に映る船がより面白い存在になる。きっと楽しい夏の思い出が増えるはずだ。
レビュアー
ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。
twitter:@LidoHanamori