できるところからやってみるしかない
Q7
人生のすべてにおいて不安です。
今の仕事も将来どうなるかもわからず、
貯金もわずかでパートナーもいない。
どうしたらいいのでしょうか。
「そんなん知らんがな!」と、言いたくなるような悩みに付き合ってくれる人生相談が好きだ。人生は回答不能な悩みで溢れている。だからこそ無理を承知で回答を求める。悩みに寄り添う回答、一刀両断にする回答、前を向けと激励する回答、はたまた全く異なる視点を提示する回答……。古くは『中島らもの明るい悩み相談室』から、今なら『鴻上尚史のほがらか人生相談』、TBSラジオの『ジェーン・スー 生活は踊る』の「相談は踊る」コーナーなど、まめにチェックして気づくのは、人生相談はミステリー小説に似ているということだ。「悩み」という限られた情報から、それが生まれる原因を推理して処方箋を提示するまで、回答者はまるで書斎の肘掛け椅子に座ったまま事件を解決する安楽椅子探偵のようだ。
本書の探偵は、大ベストセラー『嫌われる勇気』の著書でも知られる哲学者、心理学者の岸見一郎。ギリシア哲学、アドラー心理学の研究者でもある著者の回答スタイルは、プロレスでいうなら正統派ストロングスタイルで、悩みを真っ向から受け止め3カウントを決めてくれる。たとえば最初の悩み「Q7」に対して、著者は「不安とはなにか?」を説く。
あれやこれやの出来事によって不安になるのではなく、何でもないこと(無)が人を不安にさせるのです。
「恐怖」には、地震や暴力など明確な対象がある。しかし、「不安」にはその対象が無いというのだ。不安の本質は「何となく不安」なのだと。努力で変えることが可能な仕事や貯金、パートナーといった困難も「不安」を盾にしておけば、取り組まない理由として通用してしまう。裏を返せば、困難に取り組まない決意をしたうえで、その決心を強固にするために不安になっている、とも指摘する。
その不安から解放されるにはどうすればよいか?
自分の置かれている現実が、本当にどうすることもできないほど困難なものなのか、知ることだと著者は言う。
明確な対象がないから
「すべて」が不安になるのです。
ぐちぐちいわず、できるところから
やってみるしかありません。
そう聞いて、「でも……」と言いたくなるのはわかる。「それは、できるやつの理屈」とか。しかし「不安」が「なんとなく不安」でしかないのであれば、そこに甘えが含まれてはいないか?
私は、古谷実の漫画『グリーンヒル』の主人公・関口(かなりダメダメの人間)がつぶやくセリフを思い出す。
「人類最大にして最強の敵“めんどくさい”にうち勝ち 立派な大人になりたいなぁ」
向き合うべき困難に立ち向かわないのは「めんどくさい」からだと自覚しているぶん、関口は、「不安」を掲げる人よりも自分に正直だと思えてしょうがない。
人生の本番は「今」にしかない
本書のタイトルは『泣きたい日の人生相談』であるが、30の悩みのうち、泣くほど深刻な悩みは登場しない。「泣いてスッキリするなら泣きたい」程度の深刻さ。もっと言えば、「持て余した感情の置き場所がない」という悩みだ。嫌味を言ったり、怒鳴ったりする上司への嫌悪。すぐにイライラする自分に対しての自己嫌悪。本書の人生相談は、「そうした感情の源泉がどこにあるか?」「なぜそういう感情を持つにいたるのか?」を整理し、感情の置き場所を提示してくれる。それで相談者は「腑(ふ)に落ちた!」と思うわけだが、嫌な上司がいなくなるわけでもなく、イライラしなくなるわけでもない。なぜなら根本的に悩みを解決するのは、常に相談者の行動だからだ。
では、実際に相談者は行動に移すことができるのか?
その点について、著者はこう説いている。
私の基本的な考え方は、まず、人は変わりうるということです。過去に経験したことは今の自分に影響を与えたかもしれませんが、それが今の、そしてこれからの自分を決定するのであれば、教育も治療もできないことになります。
次に、これから先に何が起こるかは決まっていないということです。そのため不安になるかもしれませんが、この先の人生が決まっていないからこそ、生きがいがあると言えます。
第三に、今ここでしか幸福になれないということです。過去を後悔しても、未来を思って不安になっても、過去はもはやなく、未来はどうなるかは決まっていません。これから先に本当の人生がくるのではなく、今が人生の本番なのであり、先の人生のために今生きているわけではないのです。
この3つの考え方のうち、最も大切なのは「これから先に本当の人生がくるのではなく、今が人生の本番なのであり、先の人生のために今生きているわけではない」という部分だ。シンプルに今の幸福を追い求めること。そのための行動を取り続けることが大切なのだ。本書で自分が抱える悩みが「腑に落ちた!」のならば、きっと悩みを抱えていた頃とは違った景色が見え、今の幸福への最短行動がわかるはずである。
レビュアー
関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。