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2023.04.07

レビュー

交通事故、相続、離婚、痴漢冤罪などで法的紛争に遭わないための極意を伝授

「予防法学」で日常生活でのリスクを下げる

なんとなく、自分は一生経験しないものと思っているが、本当に経験しなくて済むのならそれは実に運がいいと言える事柄がいくつかある。例えば、交通事故や隣人トラブル、離婚などによる民事訴訟だ。自分には関係ないと思う人もいれば、「訴訟になっても、勝てればよい」と考える人もいるだろう。しかし訴訟は「法的な紛争の最終到達点」に当たる。そこに至るまでのストレスや解決までの時間、経済的、また精神的な負担など、訴訟が「ふつう」の人に与える損失は本当に大きい。訴訟の過程で壊滅的に壊れてしまう人間関係もあるだろう。訴訟に勝つより、はじめから訴訟になんて縁がないほうが断然いいのだ。

『我が身を守る法律知識』は、33年間にわたり数多くの民事訴訟を手掛けてきた元裁判官・現大学教授の瀬木比呂志先生が、普通の日本人が一生の間に出会う可能性のある法的紛争について説く。そうした紛争に巻き込まれないための予防法、そして万一トラブルが起きたときの対処法となる法律知識・情報・基本的な法律論がわかりやすくまとめられている。紛争から自分を守るためのリーガルマインド、法的リテラシーをこの本では「予防法学」と呼ぶ。何事も、起きてからのリカバリーより、予防のほうが負担が少ない。これは法律においても言えることだ。瀬木先生は言う。

実際、私は、日本の平均的な市民が本書に記されるような事柄を具体的に理解し、身につけていたら、おそらく、民事訴訟のうち本格的に争われる事件の少なくとも何割かは、提起されずにすんだのではないかと思います。

繰り返すが、離婚、交通事故、賃貸トラブルなどで訴訟の経験がある人は、若い世代でも意外に多い。そして経験者は言う。「その年で弁護士立てたことないの? 平和な人生でうらやましい」と。避けられるリスクは避けておくに越したことはないのだ。

わが身を守る「知識」

この本では、第1章で「予防法学」の基本的な考え方やコンセプトを説き、2~8章で、ごく普通の人が巻き込まれる可能性があるトラブルを解説する。ごく普通に生きていれば、訴訟なんて一生関係なく生きていける。真面目な人こそそう思うだろう。しかし、「交通事故」「痴漢冤罪」「離婚・子ども・不貞」「相続」「経済取引」など日常生活に潜むトラブルの種は意外に多い。例えば、次のようなケースはどうだろうか。

「Aさんは、結婚後、新居を建てたいと思い、適当な土地を探していましたが、仲のよい義父から、『何も高い金を出して土地を買うことはない。空いている私の土地を使いなさい』と言われ、好意に甘えて、義父の土地に立派な家を建てさせてもらいました。
それから五年が経ち、いろいろあってAさんは妻と不仲になり、結局別れることになりました。その過程で、義父ともいさかいがあり、お互いに傷付け合うような言葉や行為もありました。妻が実家に帰った後、疲れ切ったAさんの下に、義父から『即刻の建物収去(しゅうきょ)土地明渡し』を求める訴状が届きました」

「法は正しい者を守り、悪人を裁く」と考える人も多いが、このケースのように、明確な悪人がいない場合はどうなるのだろう。Aさんは、離婚で疲れ果てたうえに、住み慣れた家を取り壊して土地を明け渡すという大ダメージも受けなくてはいけないのだろうか?

こうした不動産に関する民事訴訟は非常に多い。第3章「不動産をめぐるトラブル――普通の市民が出あいやすい重大紛争」では、先の例のような使用貸借と賃貸借についてのトラブルに加え、土地・建物購入、建物新築と欠陥住宅紛争、競売物件、隣人間紛争等、各側面から不動産トラブルを説く。この章は特に、「法律は、それが“ある”から安心なのではなく、“理解している”ことによって守られる」ものなのだな……と実感できる章だった。

さらにこの本は単に法律知識を蓄えよ、というだけでなく、日常生活での「転ばぬ先の杖」となるポイントについての解説も、とても手厚い。不動産トラブルであればそれを避けるための適切な契約書の取り交わしが、交通事故であれば「裁判官としての経験」から見た安全運転のポイントがある。何かの折にこの本に書かれていることがふと頭をよぎるだけで、法的な紛争に巻き込まれる可能性自体を大幅に下げられるに違いない。

それでもなお紛争が起こってしまった際の弁護士の選び方、取りうる方法についての要点がまとめられている第9章とあわせて、無用な法的トラブルから身を守り、一生裁判所に行かなくて済む方法を伝授してくれる本書。転ばぬ先の杖、お守りとして、手元に置きたい1冊だ。

レビュアー

中野亜希

ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
twitter:@752019

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