この本を読んで、100冊分の本の知識をちゃっかり頂戴しようと思っていたのに、そんな邪(よこしま)な考えも吹き飛ぶほど面白い!!
著者は、芥川賞と三島由紀夫賞を受賞し、小説だけでなく、書評、美術評論、翻訳、エッセイも書き、大学教授でもある大岡玲(おおおかあきら)氏。
この肩書きから、難しい話が出て来たらどうしようと身構えていたのですが、どれを読んでも、へぇ~そうなんだぁ、なるほどね、と読み入ってしまいました。
【選りすぐりの100編】
全部で17個の章に分けられたコラムは、2019年4月から2022年8月までに、「日刊ゲンダイ」で毎週連載された中からの選りすぐりの100編。
「このコラムの書き方は、基本的にふた通り。メインのやり方は時事的な事柄と呼応する書物を選んで書くというもの。もうひとつは、単に自分の好きな本を気分次第で紹介する方法」と、ご本人が書いている通り、柔らかいものもあれば、ズシっと心に響いたり、考えさせられたりするものもあります。
中でも私が一番引っかかった言葉は、「棄民(きみん)」でした。
【『ロビンソンの末裔』 開高健著】
「この国で行われた棄民は歴史の彼方の出来事ではない」というタイトルがつけられたこのコラムでは、開高健(かいこうたけし)の『ロビンソンの末裔(まつえい)』が紹介されています。
この小説は、太平洋戦争最末期、都庁に勤める「私」が、夢のような条件が書かれた「食糧増産のための北海道入植者募集」を信じ、家族と供に北海道移住を決意。
ところが、津軽海峡を横断する船中で敗戦を知り、入植の好条件は反故(ほご)にされ、開拓団としての苦闘が描かれた作品です。
この作品を通して、実際に敗戦後の政府はどのような愚策を講じたのか、また関東軍による満洲開拓団27万人の置き去りや、ドミニカ移住計画について大岡氏は「棄民」という言葉で表しています。
そして、現代社会における「年金問題」や「2千万人を超える非正規労働者」にも話は及ぶのですが、この状態と「棄民」という言葉が私の心の中で合致しました。
このコラムが書かれたのは2019年6月。しかし2022年のいま現在も、この問題が再燃しています。
【ルソー&マルクスの古典を読む意義】
他にも『社会契約論/ジュネーヴ草稿』(ジャン=ジャック・ルソー著、中山元訳)の紹介では、総裁選に出馬を表明した時の菅長官の会見は、「主権者である国民の面倒は見ません、と宣言したようなものだ」と一刀両断。
『共産党宣言』(カール・マルクス&フリードリヒ・エンゲルス著、森田成也訳)の回では、 「現政府への不信感が非常に強いから」“かなりの苦痛”をこらえつつも国会中継を観ているという話に、わかる~あれは“苦痛”以外の何ものでもない! と共感してしまいました。
ルソーにマルクス。この2人が書いた本は、難しそうで縁がないと思っていたのですが、日本の政治を引き合いに、身近な話に落とし込んでいるので非常にわかりやすかったです。
【文豪たちの裏の顔】
こうした政治の話だけではないのが、この本の多彩で楽しいところ。
『ゴルゴ13』『この世界の片隅に』『コミック昭和史』『ゴミ清掃員の日常』『ハレンチ学園 50周年記念愛蔵版』などマンガ関連の本や、『風と共に去りぬ』『麻雀放浪記』など映画化された小説、さらには『作詞入門 阿久式ヒット・ソングの技法』も出てきて、とにかく守備範囲が広い!!
ほかにも、『月と6ペンス』で有名なサマセット・モームが書いた『英国諜報員アシェンデン』は、モーム自身が第1次世界大戦時にイギリスのスパイだったから、「あざとさがあまり感じられない」とか、川端康成、谷崎潤一郎、太宰治、芥川龍之介など文豪に対する解釈や、性癖に近い裏話!?も興味深かったです。
はっきり言って、どこを切り取って紹介したらいいのか本当に迷いました。どのコラムも面白いので!! だからきっと迷うとは思いますが、ぜひ100冊の中からお気に入りの1冊を見つけてください。
レビュアー
「関口宏の東京フレンドパーク2」「王様のブランチ」など、バラエティ、ドキュメンタリー、情報番組など多数の番組に放送作家として携わり、ライターとしても雑誌等に執筆。今までにインタビューした有名人は1500人以上。また、京都造形芸術大学非常勤講師として「脚本制作」「ストーリー制作」を担当。東京都千代田区、豊島区、埼玉県志木市主催「小説講座」「コラム講座」講師。雑誌『公募ガイド』「超初心者向け小説講座」(通信教育)講師。現在も、九段生涯学習館で小説サークルを主宰。
公式HPはこちら⇒www.jplanet.jp