手本があるようで、ない。その一つが「定年後」の働き方だろう。祖父母や両親といった身近な年長者を見ていても、時代や職種に差がありすぎて、参考にならない。かといって収入や貯蓄、健康に家族関係といった諸問題が複雑に絡む以上、誰にでも気軽に聞ける話ではない。ないない尽くしの現状に、「高年齢者の労働参加が急速に進んでいる」と語る著者の言葉がそっと響く。
こうしたなか、定年後の働き方について、どれだけの人がその実態を知っているだろうか。世の中の定年後の就業者がどのような仕事をしていて、そこでどういった働き方をしているか。おそらく当事者であってもその全体像はわかっていないのではないだろうか。現役世代(本書では、本来は定年後の人も仕事をしているという意味で現役ではあるものの、便宜上、定年である60歳未満の就業者を「現役世代」としている)の人はその実態はなおさらよくわからないのが現状だろう。
まさにその通り……! と膝を打った。知らずに焦っているのは、私だけではなさそうだ。本書は全3部構成で、その目的は「定年後の仕事の実態を明らかにすること」とある通り、第1部では現在発表されているさまざまなデータを元に、定年後の仕事に関する「15の事実」が挙げられていた。定年を迎えた後、実際に必要とされる生活費や稼ぐべき収入、労働時間や具体的な職務内容など、いずれも知っておきたい事柄ばかり。むろん、すべての事実が自分の現状の延長線上にあるとは言えないものの、現在、定年後にある方々の平均的な実態がわかる機会は貴重だろう。
著者は一橋大学国際・公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省で社会保障制度の企画立案業務などに従事した。その後、内閣府では官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆を担当したという。現在はリクルートワークス研究所研究員であり、アナリストとして活躍している。
そして第2部では、正規雇用者として定年まで勤めた後、現在は契約社員やパート、自営として働き続ける7人の例を紹介している。第1部のデータで見られた「平均的な定年後の就業者像」と合致する彼らの現在は、新しいキャリアの始め方や、仕事との向き合い方を具体的に映し出す。
興味深かったのは第3部。定年だけでなく、社会人として働く中で訪れる「キャリアの転機」に対し、人はどう向き合うべきなのか。たとえば第一線を退いた後、何を重視し、どこに仕事の意義を見出すのかという点について、著者は丁寧に分析しフォローする。かくいう私も40代ながら、長く務めた職から離れた時には、似たような葛藤があった。定年という区切り目でなくとも、転機は起こりうる。だからこそ著者の言葉は深く沁みる。
また全体を通して著者は、定年後の就業者の仕事を「小さな仕事」と呼ぶ。それは責任や負荷が多大にかかる「大きな仕事」とは対極の、地域や生活に密着し、誰かのために役に立ち、必要とされることに価値を見出す働き方を指し、その重要性を何度も説く。
これからの日本社会は、その人の年齢にかかわらず、すべての人が社会に対して何かしらの貢献を行うことが求められる時代となる。そして、人が変わるのと同時に、社会も変わっていかなければならない。たとえ高齢期の仕事が「小さな仕事」であったとしても、それが確かに誰かの役に立っているのであれば、そのような仕事に誰もが敬意を示し、報いることができる社会に、日本はなっていかなければならない。
個人で変えていけることには限界がある。だからこそ第3部に書かれた著者の提言は、政治や経営に携わるすべての人に読んでほしい内容だった。
定年を迎えても、失うばかりではない。自分は何のために、誰のために働くのか。仕事の目的を改めて考えるとともに、「小さな仕事」を通して社会と繋がり、身体が動く間は無理なく働く──本書によって知った働き方を、未来の選択肢のひとつとしておきたい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。