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2021.05.20

レビュー

大人の発達障害が周囲に与える影響。当事者との人間関係が原因で起こるカサンドラ症候群とは?

ある日、会食の席で健康の話題が出た時のこと。知人のひとりが、いつもと変わらぬ口調で思いがけない話を始めた。いわく、「私は大人になってから『発達障害』と診断された。服薬するようになったらだいぶ楽になった」と。

その言葉に私は、「成長してからわかるケースもあるんだ!」と驚いた。なぜならそれ以前は、子育て中の友人たちから「就学時検診でわかった」「療育という支援があって」といった話を聞くことが多かった。そのため「(発達障害は)子どもの内に診断されるもの」と、勝手に思い込んでいたのだ。大人の話、それも当事者の告白は初めてのことだった。

そんな思い出がよみがえったのは、本書の序文を見たからだろう。最初の見出しに、「大人にもある発達障害」とあった。私にとって、じつに直球なタイトル。彼女の話を聞いたのはだいぶ前だが、今では日常的に、話題として耳にする機会も増えてきた。あやふやだった知識を、あらためて確認する良いチャンスかもしれない──そう考え、読み進めた。

著者は発達障害の臨床経験を豊富に持つ医師であり、ふだんは小児神経内科や児童精神科で診察する専門家だ。しかし最近では、子どもからだけでなく大人の患者からも悩みや相談を受けることが増えたそうだ。それは職場での話に留まらず、家庭内での関係にも及ぶという。たとえば、発達障害の一つである「ASD(自閉症スペクトラム障害)」の夫を持つ女性が、わが子の発達障害に悩み、子連れでクリニックを訪れた。彼女の話には家庭内での夫の存在感が皆無で、著者はその状況を気にかける。

わが子の発達障害に悩み受診にやってきた母親たちの中には、「うつ」の症状が見られる人も多くいます。子どもの話題から離れて夫婦のことに話を転じると、自分のことをわかってくれていない夫への不満やセクハラ、パワハラ、DV、さらには、虐待まがいの話まで聞こえてきます。そういった話に耳を傾けながら心理療法を行い、薬物による治療を施すと、彼女たちの状態も子どもの状態も改善していくのです。

そうした症状を抱える妻の状態を表わす概念を、「カサンドラ症候群」(または、カサンドラ情動剥奪(はくだつ)障害、カサンドラ愛情剥奪障害)と呼ぶそうだ。2003年、英国の心理学者、マクシーン・アストンによって提唱された。この概念は当初、あくまでパートナーとの相互関係から生じる、身体症状が顕著な状態として着目されていた。だが昨今ではそれを飛び越え、職場など他の領域でもこの概念に該当するような状況が見られるようになったと著者は指摘する。

私は、発達障害の人と周囲の人たちとがお互いに「なんだか違う」と思いながらも、わかりあって幸せになってほしいと願い、臨床を続けてきました。
(中略)本書は発達障害の知識そのものにとどまらず、「カサンドラ症候群」を補助線としながら、発達障害の人と周囲の人との関係性やコミュニケーションに着目しているのが、大きな特長です。

そのため本書では第一章にて、発達障害に関する基礎知識を紹介した上で、特にカサンドラ症候群との関係が大きいASDについて、「ADHD(注意欠如・多動性障害)」「SLD(限局性学習障害)」よりも、さらに詳しい解説がなされている。また第二章以降では、職場や家庭、夫婦や親子といった人間関係の中で、それぞれの立場ごとに、その人がASDだった場合の症例や特徴、対処法が挙げられていた。当事者も周囲の人も、各自が新たな考え方や方法を知ることで、行動を変え、互いが楽に過ごせる選択肢を見つけられるかもしれない。

また巻末には資料として、「ASD、ADHDチェックリスト」も収録されている。その狙いについて、著者は以下のように説明する。

こういった問答集のテストで当てはまったから発達障害だということではなく、社会の中で生きていくため、また家族と生活をしていくうえで、自分、また相手にはどのような特性があるかを知っておくのは、よい関係を築き上げていくためにも大事なことです。

全体を通して、著者の柔軟さと「願い」を強く感じる本書。発達障害の中でも、特にASDと周囲の人との関係について具体的な知識を得ることで、各自の現実的な対応へ生かしながら、込められた思いにもぜひ触れてみてほしい。

レビュアー

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田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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