新型コロナに関するニュースを聞かない日はない。でも時々、途方に暮れることがある。あふれる情報を前に、誰の、どんな情報を、どこまで知ればよいのか。そもそも「何が正しい」のかという判断の「基準」を、自分がちゃんと持ち合わせているのかもわかっていない。最近ではその道の「プロ」だと思われる人々ですら、意見や見解が異なるケースも出てきている。そういった状況では、いくら情報を得たところでどれを信じるべきか戸惑うばかり……。
そんな日々に本書が現れた。意外だったのは、ブルーバックスという「科学読み物」を主とするレーベルで、「現在進行形の話題を扱う」点だった。というのも、「もっと研究が深まり情報が確定してから」刊行されるのがこのレーベルの通常運転だろうと、勝手に思いこんでいたためだ。そこには、嘘がなく、科学的に根拠のある情報を確実にもたらしてくれる──そんな信頼もあった。だからこそ読んでみることにした。あのブルーバックスが、いま発信してくれるなら、と。
ご存じの通り、新型コロナについては未解明な点も多く、メディアの伝え方もあってか、情報が錯綜しているケースも見受けられる。専門家といえども、現時点での状況を分析しまとめることは、至難の業だっただろう。その点を著者は、このようにつづっている。
著者の私が心掛けたことは、免疫学者の立場から、新型コロナウイルス感染症に関する事柄をなるべく平易に解説することでした。ところが、このウイルスはわれわれのからだに働いて非常に複雑な反応を起こし、しかもその一部はまだ十分に解明されていないこともあり、うまくかみ砕いて説明することが難しいところが多々ありました。(略)そこで、わかっていないことについては、その旨明記して、何が事実で、何が推測かをはっきりと示すようにしました。
たしかに本書では、ふだんあまり見かけないフレーズを何度も目にした。それはこんなくだりだ。今回は「免疫とウイルス」について語られた、第三章の冒頭からご紹介しよう。
この章はやや専門的なところがあります。免疫反応には、きわめて多くの「役者」と関連物質が登場します。そのため、かなりわかりやすく記述したつもりですが、それでも、一般の方々には難しいかもしれません。その場合には、「新型コロナウイルスは非常に個人差の強い反応をひきおこす」ということだけご理解ください。読みにくいところは無視していただいて結構です。
思わず目を見開いた。書き手が読み手に「(一部を)気にせず読んでも大丈夫!」と言ってくれる本は、なかなかお目にかからない。しかしこの一文こそ、著者の誠実な姿勢をはっきりと表している。途中でくじけて先が読めなくなってしまうくらいなら、読み飛ばしてくれていい。知識の多寡を問わず、その人なりに読み進められること。そうしたところで、大事な点はどんな読者であっても間違いなく共有できるような「線引き」を、著者は丁寧に実践してくれている。
私自身、正直に言えば理解できた部分と「?」を残しながら読み終えた部分がある。それでも「今はこれでいい」と思えたことや、「ここから先は専門的な知識が必要で、まだ私はわかっていない部分」といった感じで、情報や知識に区別をつけられるようになったのは、著者の言葉があってこそ。おかげでこれから先、「何を知っていけばいいのか」という指針も得ることができた。
個人的には、「抗体」の知識が刷新されたことも挙げておきたい。たとえばウイルスを排除するメカニズムとして、自然免疫やT細胞が重要な役割を果たすことは知っていたものの、その結果として「場合によっては抗体ができないままウイルスが排除されることがある」ことは初耳だった。また「抗体」とひと口にいっても、ウイルスの機能を抑える「中和抗体(=善玉抗体)」とウイルスを殺せない「役なし抗体」ができる場合や、感染をかえって促進するような抗体(=悪玉抗体)があることも初めて知った。「抗体があれば免疫がある」、そんな単純なことではなかったなんて……!
これからまだしばらくは、付き合っていかざるを得ない存在、新型コロナウイルス。その正体を正しく理解するために本書を手助けとしながら、これからの新たな情報にも向き合っていけるよう、確かな知識を増やしたい。
レビュアー
元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。