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2020.11.24

レビュー

コロナ禍に疲れた脳に効く! ミュージアムの華麗にして妖しい魅力の世界

美術館や博物館へ、年に何度足を運ぶだろうか。展覧会のスケジュールをまめにチェックする方もいれば、いっぽうで「なんとなく苦手」「どうやって楽しんだらいいのかわからない」といった方もいるだろう。その中でも、「興味はあるけれど、どこから手を付けていいのかわからない」という人に、なんともぴったりの1冊が登場した。

タイトルからすると一見理系っぽくも見え、身構えるかもしれない。だが、その心配はまったくの不要! 対談形式ながら、未知の言葉や難しく感じられる部分には丁寧な補足があり、最後までするすると読むことができる。

本書は、脳科学者の中野氏が現在、東京藝術大学でキュレーションを学んでいるという話から始まる。「キュレーション」とは元来、ミュージアムにおける仕事の1つであり、展覧会を企画したり、収集品から特定のテーマに沿って展示を構成するといった業務を指している。では、脳と芸術がどうして結びつくのか。そして趣味に留めることなく、本格的に学ぶことを決めたのはなぜなのか。

中野氏はミュージアムの仕事について、「マクロな視点で見れば、これらは脳のある種の機能に似ている」という。そして「レム睡眠」「ノンレム睡眠」を例にとり、こんなことも述べている。

休館中の美術館や博物館も、脳と同じく稼働している。作品を整理したり、研究したり、何年もかけて次の展覧会の準備をしたりしている。外からは見えないが、長年、粛々と進められてきた仕事にこそ、美術館・博物館が担う重要な使命があるということはあまり知られていないのではないだろうか。

脳とミュージアムが似ているなんて、考えたこともなかった! 中野氏はそんなミュージアムの機能と魅力を具体的に解き明かすべく、相棒に東京藝術大学大学図書館准教授の熊澤氏を迎えて語りあっていく。

目次を開くとわかるのは、その豊富な切り口。4つの章が66もの節で区切られており、見出しはどれも「気にはなっていたけれど知らなかったこと」であふれている。館を裏方から見た姿をはじめ、その成り立ちから特徴、国内外のミュージアムまでもが幅広く紹介されていた。本書を読み通すことでミュージアムに関する基礎知識が得られることは間違いないし、つまみぐいのごとく、好きなところだけを読んでいくのも楽しみ方の1つ。さらに深掘りしたい方には、章ごとに書かれた熊澤氏によるコラムを薦めよう。

ちなみに対談が進むにつれ、こんなやり取りもあった。

中野 ミュージアムに行こうというときに、行き慣れている人は何ということもありませんが、行き慣れてない人には、心のハードルがあると思うんです。子どもの頃に気が進まなかったけどみんなで一緒に「行かされたな」というような、あまり楽しくなかった思い出、それから、鑑賞してもよくわからなかった、つまらなかったという思い出がある人がいるんですよね。たとえば、ジャクソン・ポロック(1912~56)を見ても、ぜんぜん何なのかよくわかりません、みたいな。

中野氏が語る「心のハードル」には身に覚えがあったし、そういう気持ちを理解した上で「ミュージアム」について語ってくれていることに、なんだかとても安心してしまった。「それでも『ミュージアム』には楽しめる方法がいくつもあるんだよ」と言われた気がした。また、これに応えた熊澤氏の言葉も心に残った。次のような返答だ。

熊澤 ジャクソン・ポロックについて語るのは、私はできないかな……。関心がある、ない、というのではなく、このアーティストについて皆さんに向けて適切に語る、位置づけるということには専門的な知が必要なのですが、それを私はできない、ということです。お恥ずかしいですが。
とはいえ、このアーティストの作品を見るのは好きですね。訳がわからなかったものが少しでもわかってくると面白いし、もっと知りたいと思うようになりますよ。

「私はできない」という真摯な一言。「そうか、専門家でもその人の分野外であれば、語れないこともあるのか」という驚きとともに、そのありようは素直に納得できた。無理に言葉にする必要はない。まずはその場に行き、目にすること。感じてみること。そしてミュージアムへ行くという「体験」そのものも受け止める。それだけでも、じゅうぶんに大事なことなのだ。

気になるポイントや知りたいことが出てきたら、それをフックに新たな知識や世界への扉は開かれていく。本書はきっと、その先の世界へも連れて行ってくれるだろう。

レビュアー

田中香織 イメージ
田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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