ちょっと読めなかった祖母の手紙
美術館で掛け軸や巻物を見るとき、いつも「あー、もったいない……」と思う。書いてあることが読めないのだ。日本語なのに。私はくずし字の“かな”がまったく読めない。取り付く島、ほぼなし。「きれいだなー」で終わってしまう。ところどころ読めて、でもやっぱり読めない美しい文字たち。
そういえば祖母(大正生まれ)からの手紙はいつも流れるような文字だった。私にもわかるように書いてくれていたけれど、実はときどき読めなかった。和歌になるとますます読めず、読み上げてもらっていた。たぶん、くずし字の“かな”の方が祖母にとっては馴染みがあったのだろう。手紙ではたくさん手加減してくれていたはずだ。好きな文字を自由にフルパワーで書いてもらって、それが読めたら楽しかったろうな。
『起源を知れば上手に書ける 読める わかる 親子で楽しむ「ひらがな」の本 くずし字手本付き』は、私にとってずっとお手上げだった「くずし字の“かな”」を丁寧に教えてくれる本だ。ふだん横書きでサクサク書いているひらがなとは別の、なめらかで歌うような文字を楽しめる。
とくに「書き方」に重きが置かれている。なぜか。
くずし字のかなも、しっかりと成り立ちからたどれば大丈夫。読めるようになると同時に、美しく書けるようにもなります。
暗号や記号じゃなくて、文字だから、「読める」と「書ける」はセットなのだ。成り立ちの解説もすごく面白い。「親子で楽しむ」と題名にあるとおり、大人も子供も同じ目線で楽しめる。
字母って?
恥ずかしながら、この本を読んで初めて「字母」という言葉を知った。字母はひらがなの元になった漢字のことを意味する。
全ひらがなの字母で一番びっくりしたのは「へ」。字母は「部」だ。
篆書(てんしょ)と呼ばれる最古の正式書体も記載されている。ちなみに篆書にもいろいろあって……、
篆書の中でも古い甲骨や金文は、より具象的で楽しいですが、諸説あって悩ましいものもあります。本書では楷書につながりやすい、秦時代に統一された小篆を軸にしています。
おもしろい。本書にはいろんな書体の名前が出てくるが、こちらについてもコラムでわかりやすく解説されている。
今まで「いろんな書体がある」くらいのことしか知らなかったが、こんな系統になっていたのか。家系図のようだ。本書はひらがなの一文字一文字の説明の合間に、ひらがなの世界にまつわるコラムがたくさん入っている。どれも楽しい上に「子供は文字を学ぶ上で、どういうところを面白いと喜ぶか」といった目線もあって、とてもためになる。
なぞって書いてみる!
さて、実践だ。3段階ある。まず、「草書」から「かな」へくずしていく過程を知る。次に、薄い文字をなぞる。そして最後に自力で書きましょう、となっている。たとえば「て」ならば以下のとおり。
少しずつ私の知っている「て」になっていくのがわかる。
「わ」の練習過程を紹介したい。「わ」は、令和の「和」が字母。
おそるおそるなぞる。失礼します……という気持ちだ。
「もうちょっとふんわりしてよ」「いや、ここは傾斜がつきすぎ」などと気になるうちに、どんどん増える「わ」。半紙を重ねて書けばよかったのにと、あとになって気がついた。
なぞってなぞって、最後に「えいや」とガイドなしで書いてみるときの緊張感は初めて自転車に乗ったときのような気持ちだった。「この部分は水平に書くと美しい」と言ったポイントもありがたい。自己ベストの「わ」が書けた。今まで字にコンプレックスがあったけれど、書くことって楽しいんだなあ。
スマートフォンやパソコンで文章を作ることが増えたけれど、お礼状やお祝いの言葉を書く機会はなくならない。それに昔の書はずっと残るはずだ。やさしくて美しいひらがなを書けるようになりたい。そして美術館でも作品をちゃんと読みとりたい。きっと素敵な言葉がたくさん見つかるはずだ。