「入り口」が多彩な本
『全身美容外科医 道なき先にカネはある』はたくさんの「入り口」を持つ本だと思う。
まず「著者」。高須克弥先生。セスナ機に乗ったお医者さん……“高須クリニック”のことは子供のころから知っている。あの印象的なサウンドロゴも好きだった。そして大人になってからも高須先生の姿や話題はよくお見かけする。最近だとTwitter。それってすごいことで、30年ちかく「現役のお医者さん」として私が継続して知っている人物は、高須先生だけだ。高須先生のことがもっと知りたい。最近ちょっと美容外科のお世話にもなっているし。
だから私は読んだ。医者になる前、医大生時代、美容外科の道を選んだこと、成功とトラブル、そして今のこと。読む前は、もっとギラギラしたどぎついものをイメージしていたのだが、なんだか優しい気持ちになる。優しい語り口で淡々と綴られているし、お医者さんとしてのサービス精神に触れたからだと思う。
入り口は「美容整形」と「成功哲学」もあるだろう。高須先生は現在74歳で、いまも第一線で活躍する美容外科医。そんな先生が自伝を書くとどうなるかというと、日本の美容整形の歴史もまるっとわかる。そして「どうしてこの技法を考案したのか」の理由とともに、先生の思想と信念が伝わってくる。とてもおもしろいし、なんだか元気が出てくる。
医療システムへの不満と「逆張り」
そう、美容整形は元気が出る。私自身はヒアルロン酸注入とボトックス注射を時々受けている。いわゆるプチ整形(この名前も高須先生考案で、いきさつが本書で語られている)だ。「プチ」なのに、お化粧やエステでは得られない深いところからの満足感をくれる。もしメスを使った手術で自分の望む容貌に変わったら、どれだけ心にインパクトがあるだろうかと考えることがある。
ところが。高須先生が整形外科医となった1970年代、美容外科はマイナスのイメージがとても強く、医者のヒエラルキーの中でも「最底辺」だったという。なのに、なぜ高須先生は美容外科の道に進んだのか?
1つは医療システムへの不満。最新の設備と高い技術で大怪我をした患者を治しても……
すぐ退院してしまうと労災をもらえないし、事故補償保険も安くなってしまうので、入院が長ければ長いほどありがたいというわけです。(中略)
医者としての当然の善意で早く退院できるようにしたことが、逆に迷惑とさえ思われていました。これはショックでした。
自分の善意からの努力が相手に喜んでもらえないことは本当につらい。だから、
自由診療である美容外科の場合、患者にいい施術をして、短期間で社会復帰させてあげたら必ず喜ばれます。しかも、治療が済むのが早ければ早いほど患者さんに喜ばれる。いわば、医者の腕が厳しく問われるものであり、実力勝負の世界がそこにあると思いました。
すごくスッキリ。自分の善意と実力とサービス精神が評価に直結する世界。そしてもう1つの理由が、市場原理の問題。
正直、層の厚い整形外科で若造の僕がナンバーワンになれるとは思えませんでした。また、形成外科にしてもそれなりに層が厚かった。
一方、当時の美容外科は、ほとんど手のつけられていない未開拓の分野でした。
そう、ライバルが少なかったのだ。当時いかにライバルが少なく今と違う環境だったかは本書を読んで体感してほしい。そして本書で語られる成功はどれも「ライバルが少ない場所で勝つ」「逆を行け」という思想で貫かれている。
誰もやらないことをやれば比べる人も比べられる人もいません。これは成功の近道です。
題名の“道なき先にカネはある”という言葉はまさにこのことを指している。こうして手にした成功と評価がたっくさん読める。
あれもこれも高須クリニック発だった
美容外科の施術内容を調べるといろんなメニューが並んでいるのでおもしろい。そしてメジャーな施術の多くが「高須クリニック発」なのだ。包茎手術、ボトックス注射や鼻へのヒアルロン酸注入……なんでそんなにたくさん開発できたのだろう……これも、やはり前述した「誰もやらないこと」に行き着く。そして「患者さんに喜ばれたい(=求められていること)」が根底にあることもわかる。だから、お金を儲けるためというより「喜ばれた結果として儲かっちゃった」という印象なのだ。
美容外科や美容皮膚科がとても身近になった今の問題点についても高須先生ならではの視点と憂いが込められている。読んでよかった。美容外科医のブログを読むと「学会」の名前が2つあることに気がつくはずだ。この事情も語られている。
最後に、若い人が「楽そうで収入が多そうに見える」という理由で最初から美容外科医を志すことについて引用したい。
いまの時代、美容外科医は世の中にたくさんいるのですから、いまさらそこに進んでもたいした成功は得られません。
そもそも「高須先生のように美容外科を目指します」という若い人に対しては、心から「君たちはバカじゃないか」と思います。(中略)医者というものは、世の中のためになることをやるべきです。
美容外科の世界は、もう高須先生の手によって「道なき先」や「逆張り」の世界じゃないのだ。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。