親が子どもにいちばん食べてもらいたいごはん
「子どもができてからミルクやオムツのサンプルをめちゃもらうようになった!」と、ある人が自分でもビックリといった感じで話してくれた。「自分用のサンプルなんて面倒だし全然欲しくないのに、子どもには“ベストなもの”を見つけたい」のだという。『自由の森学園の学食レシピ』に綴られた文章や写真は「おいしいごはん」や「レシピ」ではあるけれど、読むと「子どもに“いちばん食べてもらいたいもの”を作りたい」気持ちが直球で伝わってくる。それって、いわゆる「意識が高い」とは違う気がするし、スノッブでもないし、「とにかくそうしたいの」という切々とした情熱だと思う。
学食の名前は「食生活部」
埼玉県飯能市の山の中にある“自由の森学園”。ここの学食は「食生活部」という不思議な名前だけど、出てくるメニューは学食そのものだ。カレーやうどん、日替わり定食。700人以上の生徒のうち、弁当を持参しない子が毎日ここでお昼ごはんを食べ、寮生約130人は朝ごはんも夜ごはんもここのお世話になる。
が、ここまでの情報を踏まえたうえで厨房の様子を知るとひっくり返りそうになる。そして「食生活部」という名前に納得する。
うどん、定番かつ人気のメニューですよね。ただし、ここのうどんは手打ち(!)です。そして、使う油は菜種の実を圧搾した一番搾りの油(!)だから、体に良いし、味も香りも良い。野菜やお米や果物はもちろんのこと、自由に飲めるディスペンサーから出てくるお茶までが有機栽培の茶葉(!)。……これを毎日300人400人もが利用する食堂でやっているのだ。
普通の学校で提案したら「予算オーバー」「手間がかかりすぎる」と、またたく間に却下されるのは目に見えています。
ですよね。こういったこだわりを自宅で実践している人はいる気がするけれど、なんたって学食。なんでできるんだろう?
(略)この学食は創立当時から、今に至るまで、志を少しも揺るがすことなく、理想を掲げ、実践を積み重ねてきました。その理由は、ただただ、未来を生きる子どもたちの生命を育むためです。自分の子どもに食べてほしいものを、学食に来る子どもたちにも食べてもらいたい。
(中略)寮で暮らす子どもたちに、おいしい焼きたてパンを食べさせたいから、という理由で試行錯誤を重ね、パンを焼いてきました。
子どもたちに「食べさせたいから」、安心できる食材を仕入れるためのネットワークを組み立て、運用のノウハウを積み上げ、実践してきた学食なのだ。お腹を満たすことだけじゃなく、食生活を支える場所。だから「学食」でなはく「食生活部」なのだという。
本書を読むと「食生活部」の人気メニューたちを家庭でも作れるようになる……はずなのだが、果たして私に作れるだろうか。スーパーで食材を探しながらそわそわした。いや、でも、食べたい。食べたい気持ちは強いから作れるはず。
手順はシンプル + ほんの一手間がおいしい
まずはカレー。学食で一番人気のスターメニューだ。
「ルウに頼らないカレー」なのでスパイスも調味料もたくさん使う。特に材料のAの項目に並んでいるスパイスたち。
それぞれのスパイスの分量は「少々」ということなので、ここは自分の好みで量を決めてしまっていいと判断して、今回はクローブとオールスパイスを少し多め。写真は地味だがカレーへの夢と野望が詰まっている。
お肉と野菜を煮込み始めてからAのスパイスを別の小鍋に入れて空煎りする。小鍋をゆさゆさゆするうちにいい香りでいっぱいになる。楽しい。
揃える材料の種類は多いけれど下ごしらえと準備を整えてから作り始めると簡単に作ることができる。これはカレーに限らずで、本書のメニューはどれも調理フローがすごくシンプルだと思う。
出来上がったのがこちら。
最初はサラサラしすぎたスープだったので失敗したかもと焦ったが、とろみが出るまでゆっくり煮込んだ。結果しみじみおいしいカレーが出来上がった。スパイスとココナッツミルクとトマトと香味野菜の香りがしっかり。むかし香港のスパイス屋さんで教わったカレーに少し似ている。お肉の下味やスパイスの空煎りといった「ちょっとした一手間」がカレーをグッと美味しくするんだなあ……。仕上げにガラムマサラをふりかけるのだが、辛いものが好きな人はしっかり、そうでない人はそれなりで調整できるのもありがたい。
次は「白あえ」を作ることに。
だって、“食堂のスタッフの白あえ名人の黄金律レシピ”! 食べたい! 家にある材料で手早く簡単に作ることができた。
今回はレシピ通り「人参、ほうれん草、しらたき」で作った。甘みが優しくてゴマが香ばしい。人参は切ったあと塩もみするだけなので歯ごたえがしっかり残っていて美味しい。もりもり食べてしまった。次はひじきとお揚げの白あえも作りたい。
大人になってから恋しくなる味
自由の森学園の学食のごはんは、確かに手間はかかっているが、それでも実際に作ると「めちゃめちゃ大変」でもないことに驚いた。準備や体制さえ整えればスムーズに作ることができるのだ。
この本によると「準備と体制」の部分もすごく濃厚で面白い。マヨネーズ、醤油、豆腐、全てに「このメーカーのものを使っています」というこだわりがある。これらのメーカーについては、巻末に記された「食材メーカーリスト」に記載されている。食生活部の皆さんが直接会って仕入れを決めたとっておきのメーカーだ。インターネットがない時代から積み上げてきたノウハウや仕入先からは、「子どもに“いちばん食べてもらいたいもの”を作りたい」ことへの妥協のなさと信念がしみじみ伝わってくる。
この学食でごはんを食べて育って学校を卒業した人たちは、大人になってから自分の家族を連れてこの学食に戻ってくるのだという。当時当たり前に食べていたメニューを大人になって思い出すと「また食べたい」「他では食べられない」となるのだという。自分が大切にされていた記憶と直結しているごはんは、何歳になっても忘れられない。その「日本一のふつうの家ごはん」が、この本のレシピで再現できるようになったのだから、完璧に真似することはできないとしても、やってみない手はないと思う。
レビュアー
元ゲームプランナーのライター。旅行とランジェリーとaiboを最優先に生活しています。