今の仕事は滅びるだろう
本書は、ベストセラーとなった『捨てられる銀行』の3作目に当たります。このシリーズ(と呼んでもいいでしょう)にたいする金融マンの信頼は篤く、本書の出版を待ち望んでいた金融業界の方もとても多いようです。
最近はすくなくなりましたが、以前はよく「AIの発達によって人間の職業が奪われる」という論旨の文章を見たものです。
ツッコミを入れたいポイントはたくさんありますが、もっともわかりやすいものをあげましょう。
あなたの町には、まだ飛脚が走っているの? 駕籠が通っていくの? ゲタ職人がたくさんいるの?
職業が時代の変化に応じてなくなったり生まれたりするのは当然のことです。摂理と呼んでもいいでしょう。今ある職業がいつまでもあると考える方がどうかしています。
本書は、そんな「時代の変遷による職種の変容」について語っています。
AIは「計算できること」しか考えられない
AIには大きな誤解があります。
「なんでもできる」と思っている人がとても多いのです。
AIがどんなに進歩しようと、それがコンピュータであるかぎり、数字にならないものは扱えません。たとえば、競馬でどの馬が勝つか完璧に予測するとか、そういうことは不可能です。未来予測はかならず不確定要素をふくみ、不確定要素は数字にならないからです。
チェスとか囲碁でAIが勝ったと大騒ぎしてますが、AIはチンチロリンでは勝てません。麻雀でもブラックジャックでもムリでしょう。
ギャンブルを対象にした場合、コンピュータは確率から答えを割り出すことになりますが、本書にもふれられているとおり、確率は過去のことしか分析することができません。早い話がほとんど役に立たないのです。
今、求められているのは「数字にならないことに答えを出すこと」「未来を読むこと」です。
それこそが今後の金融マン、もっといえば人に求められる能力である。なぜなら、それは「機械にはできない」からだ。そういう職業人であるよう、意識を変えなければならない。
本書の主張を乱暴にまとめるとそうなります。
人間にしかできない融資とは
かつて、「金融検査マニュアル」と呼ばれるものがありました。これをものすごくわかりやすく、なおかつとても雑に言いかえると「金貸しマニュアル」になります。どういう企業に融資(お金を貸す)すべきか。ここにはたいへん細かく規定されてありました。銀行をはじめ金融業者はとにかく不良債権(早い話が取りっぱぐれです)を大量に抱えていましたから、監督省庁である金融庁は足並みそろえさせるためにこのマニュアルにしたがって運営していくことを求めたのです。
しかし、金融検査マニュアルは歴史的使命を終えたと判断されます。2019年4月(まさに今!)このマニュアルは廃止されようとしているのです。本書は、金融検査マニュアル廃止を中心とする金融業界の激変を強い動機として制作されたものです。
もっとも困るのは銀行をはじめとする金融業者です。今まではマニュアルに従っていればよかった。それが正義だった。だが、今後はそれがない。誰に金を貸し、誰に貸さないか。自分で考えなければならない!
「金融検査マニュアル」はほぼ20年生きていましたから、今の銀行の中核はほとんどこのマニュアルにしたがうことしかしてこなかった人たちです。「捨てられる銀行」とは単純にいえば、こんな機械でもできるようなことを繰り延べるスキルなんか、今後はぜんぜん役に立たないんだよ、捨てられるしかないんだよ、ということを述べています。
では、金融マンはどうあるべきなのか。
著者は何人かに取材することにより、マニュアルが失われることを契機として育った新たな芽を紹介していきます。
マニュアルなき後、金融マンは自分で融資先を選ばなければなりません。倒産したら不良債権になり、その責任の多くを負うことになりますから、どうしても成功してもらいたい。だからこそ相手の企業を知ろうとするし、アドバイスもします。ひんぱんに顔を出してコミュニケーションを密にしますし、協力も惜しみません。
融資することは仕事ではないのです。仕事は、企業を育てることです。ともに生き、ともにピンチに直面し、ともに成功をつかむ。金融マンと融資先は、いわば運命共同体です。
本シリーズが多くの金融マンに待望される大きな理由のひとつは、金融庁の指針の説明および分析のみで終わっていないからです。
たとえば、本書で取り上げられた地方の金融マンの取り組みなど、ふつうに仕事をしていたら得られない情報です。しかし貴重であり、求められる情報です。
本シリーズならびに著者の手腕と嗅覚は大いに信頼されており、それはこの最新作でもいかんなく発揮されています。
求められる人材とは
相手を知り、相手に合ったサービスを提供する。
じつはこの動きは、金融業界のみに当てはまることではありません。あらゆる業種は、次第にこの方向にシフトしていくことでしょう。
企業にここらへんの意識変革ができていればいいんですが、なかなか難しいようです。
だってさ、機械にできることを、それこそ機械的に20年やってきた人に、これからは自分で考えろったってそりゃ難しいよぉ。しかもそれが大多数なんだぜ?
とはいえ、もう「金融検査マニュアル」はありません。
本書は、マニュアルがないところで仕事をしなければならない今後の金融マンの優れた教科書として機能するでしょう。
勉強しよう、という意識があるならば、未来は断じて絶望的ではない。
本書はそう語っています。
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/