■美術展を100倍楽しめる新しい"鑑賞法" 「〈へんな絵〉探し」で、ルーベンス展を見てみた。
東京・上野の国立西洋美術館で「ルーベンス展─バロックの誕生」が開催中です。ルーベンスといえば、TVの名作アニメ「フランダースの犬」を思い出して興味をそそられますが、美術書を紐解けば「17世紀バロック美術の巨匠」とあって、なんだかちょっぴり難しそう。 そこで、今回は評論家の山田五郎氏のユニークな新著『へんな西洋絵画』を参考に、「〈へんな絵〉探し」をしつつ、ルーベンス展を楽しんでみました。
ルーベンス展で見つけた〈へんな絵〉【1】シチュエーションがわからなすぎ
展覧会場では「これ何の場面なの!?」と思わずのけぞるような、〈へんな絵〉作品が次々に現れます。タライで水浴びをする裸のおじさんとそれを見つめる人々の絵とか(何やらメモまでとっている人も……)、縛られたおじさんに乳を吸わせるうら若き女性の絵とか……。
しかし、解説パネルには、その背景がちゃんと書かれていて、ほっと胸をなでおろしました。ルーベンスの顧客は各国の宮廷や教会という知的エリートたち。物語の背景は、説明されずともわかったのだそうです。けれども、わからずに驚くというのも、私たち現代の日本人が西洋絵画を見る上での面白さのひとつかもしれません。
セネカは古代ローマの哲学者。タライで水浴びをしているのではなく、無実の罪で自殺を強要されながらもまったく動じない、という場面だそうです。
ペーテル・パウル・ルーベンス《セネカの死》1615/16年
一瞬、どっきりさせられるこの場面、じつは、罪を犯して投獄された父の飢えを癒すために、出産直後の娘が母乳を与えているところ。“親孝行話”として好まれたそうですが、理由を説明されてもモヤモヤした気持ちは残ります……。
ペーテル・パウル・ルーベンス《ローマの慈愛(キモンとペロ)》1610-12年 油 彩 /カンヴァス(板から移し替え)サンクトペテルブルク、 エルミタージュ美術館Photograph ©The State Hermitage Museum, 2018
ルーベンス展で見つけた〈へんな絵〉【2】この人、太りすぎ。でもなぜかきれい!
今回の展覧会、宗教画と神話画がほとんどなのですが、とにかく女性のヌードがたくさん描かれています。そして、驚かされるのは女性たちが皆、とてもふくよか……というよりも、太っていること。三段腹、セルライトは当たり前、そんな肢体を惜しげなく、どーんと披露しているのです。
でも、その堂々たる太りっぷりはみっともないどころか、なぜか神々しいまでに美しくて、思わず触りたくなるほど! 今の日本の女性は諸外国の女性と比べてやせ願望が強いと言われていますが、このルーベンス展をきっかけに、脂肪のある肉体の美しさが見直されるかもしれません。
輝くばかりに美しい豊満な裸体の女性たち。
ペーテル・パウル・ルーベンス《エリクトニオスを発見するケクロプスの娘たち》 1615-16年 油彩/カンヴァス ファドゥーツ/ウィーン、リヒテンシュタイン侯爵家コレクション ©LIECHTENSTEIN. The Princely Collections, Vaduz-Vienna
ヴィーナスはリアルなふくよかさがとても官能的。その胸からは乳が噴き出しています。
ペーテル・パウル・ルーベンス《ヴィーナス、マルスとキューピッド》1630年代初めから半ば 油彩/カンヴァス ロンドン、ダリッジ絵画館
Lent by Dulwich Picture Gallery, London.
ルーベンス展で見つけた〈へんな絵〉 【3】未確認生物[UMA]のオンパレード
『へんな西洋絵画』で山田五郎氏は、私たち日本人が西洋絵画を見る際に気になるもののひとつとして「へんな動物たち=未確認生物[UMA]」が多いことをあげています。そして、ライオンが特にへんだと書いているのですが、ルーベンス展でも発見しました! へんなライオン。卓越した技術を誇るルーベンスをして、このへんてこライオン。おかしいのは、色か顔か組み合い方か、微妙なところですが、さすがバロックの巨匠、迫力は満点でした。その他にも、おかしな生き物がたくさんいましたので、是非、会場で探してみてください。
ライオン(獅子)が灰色なのは、過去に洗浄されてオリジナルの色が失われてしまったためなのだそう。
ペーテル・パウル・ルーベンスと工房《ヘラクレスとメネアの獅子》1639年以降
こちらもまたヘラクレス。相手はどう見ても謎の生き物ですが、これが西洋の龍なのだそうです。
ペーテル・パウル・ルーベンスとフランス・スネイデルス《ヘスペリデスの園で龍と闘うヘラクレス》1635-40年
ルーベンス展で見つけた〈へんな絵〉 【4】風吹きすぎ、斜め上向きすぎ
宗教画の多くでは、どの画面でもたいへんなことが起こっています。風が激しく吹いて布が派手にひるがえり、多くの人が斜め上方をドラマティックに見上げているのが印象的でした。解説パネルによれば、ルーベンスが生きた時代のヨーロッパは、対抗宗教改革の時代。つまり新たに登場したプロテスタントに対抗して、カトリック側が改革を行った時代で、宗教画はリアルでわかりやすく、信者の感情に訴えかけるものであることが求められたそうです。そこで、ドラマティックな絵画が描かれたのです。どこからか吹く風も、上方から指す光も、神の力をわかりやすく伝える表現だったのです。
光が差して、風が吹き、馬たちは大暴れで、もうたいへん。
ペーテル・パウル・ルーベンス《パエトンの墜落》 1604-05年頃、おそらく1606-08年頃に再制作 油彩/カンヴァス ワシントン、ナショナル・ギャラリー
National Gallery of Art, Washington, Patron's Permanent Fund, 1990.1.1
「王の画家にして、画家の王」と称されたというルーベンス。そんな“超”巨匠を相手に〈へんな絵〉とは失礼では……と思いつつ始めた「〈へんな絵〉探し」でしたが、終えてみて、これが素晴らしい絵画鑑賞法であることに気づきました。
何しろ、肩の力を抜いて等身大の自分で、楽しみながら作品に向き合えるのがポイント。その上で、「へん」をきっかけに、なぜ「へん」なのかに興味を持ち、結果、勉強にもなってしまいました。まさに一石二鳥。
これなら草葉の陰の巨匠にも失礼ではないのでは、と思えるくらい、想定外に真面目な絵画鑑賞ができました! 皆さんも『へんな西洋絵画』を参考に、是非、「〈へんな絵〉探し」を楽しんでみてください。
ルーベンス展─バロックの誕生
RUBENS and the Birth of the Baroques
会期:2018年10月16日(火)〜2019年1月20日(日)
会場:国立西洋美術館(東京・上野公園)
1958年、東京都生まれ。編集者・評論家。上智大学文学部在学中にオーストリア・ザルツブルク大学に1年間遊学、西洋美術史を学ぶ。卒業後、講談社に入社。「Hot-Dog PRESS」編集長、総合編纂局担当部長等を経てフリーに。現在は西洋美術、街づくり、時計、ファッションなど幅広い分野で講演、執筆活動を続けている。「ぶらぶら美術・博物館」(BS日テレ)、「出没!アド街ック天国」(テレビ東京)、「荒川強啓 デイ・キャッチ」(TBSラジオ)など、テレビ・ラジオへの出演も多い。著書に『知識ゼロからの西洋絵画入門』『知識ゼロからの西洋絵画史入門』『知識ゼロからの西洋絵画 困った巨匠たち対決』(いずれも幻冬舎)、『ヘンタイ美術館』(共著・ダイヤモンド社)、『人生を面白くする「好きになる力」』(海竜社)、『大人のための恐竜教室』(共著・ウエッジ)など。
『へんな西洋絵画』のほか、料理、美容、健康、ファッション情報など講談社くらしの本からの記事はこちらからも読むことができます。