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2018.08.29

レビュー

【映画やゲーム業界も必読】アプリ以降のマンガビジネス大転換

2017年に電子書籍版のコミックスが紙のコミックスの売上を上回ったというニュースは記憶に新しい。やっと、というべきか。あるいは遂にというべきか。いずれにせよ訪れるべくして訪れた出版業界の分水嶺といえるだろう。

近年におけるマンガ全体の市場規模は、紙の売り上げ減少を補ってあまりあるほど電子書籍の売り上げが伸びている。そのためで、市場全体としては緩やかに拡大しつづけていると言ってもよいかもしれない。

しかしその反面、マンガ雑誌の売れ行きの落ち込みは下げ止まらない。今では1995年のピーク時の3割未満となって、右肩下がりを続けている。老舗のあの雑誌が休刊だとか、電子版のみに移行というようなニュースは今後さらに目にする機会が増えるだろう。そう、もうマンガ雑誌は死んでいるのだ。


「紙の雑誌が右肩上がりになる時代は二度と来ない」

星海社新書「マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?」にて、著者の飯田一史氏は本書の冒頭、そう断言している。

はじめに私の立場を示しておくとしよう。私は電子書籍関連サービスのプロデュースと、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで糊口をしのいでいるプランナーだ。そういう意味では非常に本書にとって当事者性が高いレビュアーであるということになる。つまり、業界の中の人から見た本書のレビューだ。

結論から言うと、マンガ関連業界に属する人間は必読、そして覚悟して読むべき1冊と言えよう。

本書で語られていることは出版業界、その中でもとりわけマンガ業界で起きている事象にすぎないけれど、同じようなことがいずれ国内の様々な業種に形を変えて起こる地殻変動であるということは間違いない。

この地殻変動に出版業界が耐えられるかは別として、現代を生きる生活者としてこの変化を客観的に見られるよう、他山の石たりえるよう手に取られることをおすすめする。

さて、前置きが長くなってしまったが、本書で語られていることは、今のマンガ業界のリアルだ。

紙から電子へ、そして漫画村騒動など、今まさに荒波に揉まれている漫画業界の状況がよくわかるだろう。

タイトルにもあるとおり、すでに「マンガ雑誌は死ん」でいる。ほとんどの紙のマンガ雑誌はずいぶんと前から毎月、千万単位の赤字を垂れ流しながら刊行されているからだ。

雑誌の赤字はコミックスの売り上げで回収しているビジネスモデルになっているのが現在のマンガの現実だ。雑誌ごとに刊行されたコミックスの売り上げを集計し、なんとか黒字に持っていくようにしている。マンガ雑誌単体の原価率は400%なんて言っている編集長もいる。

だから、コミックスの売り上げが振るわない作品は、すぐに打ち切られる。紙の雑誌には誌面の制限があるから、言葉は悪いがいくら面白かろうが収益が見込めない作品に割けるスペースとリソースは無いのだ。

しかし、かつてはアンケートで読者からの支持が低い作品は10週で打ち切りになってもコミックスが最後まで出ていた。それが今ではコミックス1巻の売り上げが振るわなかった作品は2巻が出ずに完結することがもはや珍しくない。そういう事情もあるので場合によっては紙のコミックスも出ず、電子版のみの刊行になることも少なくない。「電子が評判良かったら紙で出すから」なんていう話と共に。

当然ながら売れないコミックスの出版は赤字を増すだけだからだ。断裁しなければ出版社の資産となり税金もかかってくる。

そして、コミックスの売り上げは出版社間で共有される。かつてヒットを飛ばした作家でも、他社で描いた近作が奮わなかった場合、初版部数を大幅に削られる。そしてより店頭で見かけづらくなり、連載が通らなくなり、また1人消えたマンガ家が増える……。

加えて号を追う毎に返本の数は増加している。それに対応するかのように減少していく刷り部数。売り上げと返本のグラフを見れば、素人でも反転することは絶望的と思えるような状況だ。

かつてはコンビニの窓側一面に占めていた雑誌コーナーは縮小し、平積みされていた週刊漫画誌も棚差しとなり、誰の目から見ても斜陽であることがわかる状況だ。
「紙の雑誌が右肩上がりになる時代は二度と来ない」
誰が悪い? 時代が悪い? 出版社が悪い? たぶん雑誌の時代の次を読めなかった出版社が悪いのだろう。

そんな状況を打開すべく、各社から登場しているマンガアプリだが、本書の中で事例を元にしてサービスが持つ機能毎に丁寧に分類し解説されている。

1.他社作品の新作連載プラットフォーム機能 (自社発以外の他社の新作を連載する機能)
2.ストア機能(自社の宣伝・販売機能)および他社作品の旧作連載プラットフォーム機能(自社発以外の、他社の旧作連載プラットフォーム機能(自社発以外の他社の旧作を連載する機能)
3.自社新作連載機能
4.コミュニティ機能(読者とコミュニケーションしてロイヤリティを高め、ファン向けの商品やサービスを提供する機能)

スマートフォンでマンガを読む習慣をお持ちの方は、普段おもに使っているマンガアプリはどれに該当するか調べてみると面白いかもしれない。


中の人視点で本書で印象的だった部分は、ブランド売りから作品単体で売り出すことが主流となっている今、版元が大切にしている、雑誌としてのブランドというものが意味をなさなくなっているという部分だ。

従来、「ジャンプ」の作品だとか「モーニング」や「チャンピオン」の作品だというように、雑誌が持つ文脈で作品を訴求するといった、雑誌が持つブランドをもって作品を訴求する手法が通用しなくなってきているということになる。

「ジャンプ」だから王道的な作品?「チャンピオン」だからヤンキーもの?といったそういう媒体としてのコンテクストを取り外した状態で、ピッコマやLINEマンガのようなマンガアプリに掲載されるようになっているため、単体で勝負しなければならなくなっている。

しかし逆に考えると、「マガジン」だけどマガジンっぽくないよね、とかなんでこれが少女誌に掲載されているの?という作品にとっては、作品そのもののパワーで勝負できるようになるので、悪いことではない。むしろ少女誌などを絶対に読まない男性層にリーチできるようになり、読者や作家にとってはプラスになる変化と言えよう。

しかし雑誌側に立ってみると、そういったコンテキストが共有出来なくなってしまうと、今まで同じ勝ちパターンや作風で台割りを決めたり作品作りを行ったりしている雑誌や編集者にとっては厳しい状況となる。編集の機能の一部が機能しなくなるからだ。

確かに、LINEマンガで取り上げられている作品に、何処の雑誌で掲載されている作品なのかとか、どの出版社なのかとか、そういった情報は読者にとってあまり重要では無くなってきている。もっと言えば作者名すら作品を選ぶにあたって重要視されていないことが多くのマンガアプリから見てとれるだろう。一覧画面に作者名が表示されていない作品が多くを占めているくらいだ。

こうやってみると、本書の中でも何度か事例として登場する、「マンガワン」元編集長の石橋氏が、裏サンデーからマンガワンに名前が変わるにあたって言っていたことを思い出す。これは私がかつて石橋氏の講演で聴いた内容なのだが、マンガアプリを行うにあたり、サンデーの看板では新しい市場が広がらず戦えない、敢えてサンデーの看板を外した、というような事を言っていた。ブランド売りから単品売りの時代への移り変わりが見えていた、ということになるだろうか。また、マネタイズ手法の多様化について論じている部分も解りやすく現状を分析していて、一般のマンガ読者にも現状の複雑怪奇な仕組みの理解の一助になるだろう。

通常、マンガは1冊ごとにパッケージされて販売されているが、近年、マンガアプリや電子書籍サービスによって話単位の課金が一般化された。これによって、買うほどではないけど読んでみたい作品に手を伸ばしやすくなっているのは確かだ。そういった読者のニーズに全く応えようとせずにここまで来てしまったのは出版業界の自業自得といえるだろう。

また、アフィリエイト広告や、動画広告の試聴による、無料で閲覧させることもできるけどきちんとマネタイズするという手段も生まれつつある。いずれにせよ、今まではまったく見向きもされなかった作品に陽が差し、それがきっかけで大ヒットに繋がることが現実で起きているのだから、今までのような売り方より何倍もマシだ。

マンガ雑誌は死んだ。でも、マンガは死なない。その事実から目を背けている業界の人たちには耳が痛い話ばかりだろう。しかし、この書を読んで自信を持つ現場の人間は必ずいる。

それだけ、丁寧に言語化された良書であると言えるだろう。私は胸が苦しくなりながらも勇気をもらった。きっと、変わりゆく社会で頑張っている他業種の方のヒントにもなり得るにちがいない本書。マンガ好きには必読だ。

レビュアー

宮本夏樹 イメージ
宮本夏樹

静岡育ち、東京在住のプランナー1980年生まれ。電子書籍関連サービスのプロデュースや、オンラインメディアのプランニングとマネタイズで生計を立てる。マンガ好きが昂じ壁一面の本棚を作るものの、日々増え続けるコミックスによる収納限界の訪れは間近に迫っている。

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