■おしゃれに、人生に迷ったときに、じんわり心にきくエッセイ 光野桃『これからの私をつくる 29の美しいこと』
いくつになっても不安や悩みはあるものです。そんなとき手に取ってほしい1冊。 WEBマガジン・ミモレの連載『美の眼、日々の眼』で2017年1月から1年間連載されたものを、「ぜひまとめて読みたい」「書籍化してほしい」との声にお応えしました。その中の一部を抜粋してご紹介します。
日傘とハンカチーフ
初夏になるといつも思い出す情景があります。それはまだ幼かったころ、母と2人で出かけるときのこと。
昭和30年代、婦人たちは夏となればいち早くコットンやサマーウールの鮮やかな花柄のワンピースに着替え、太いも細いも関係なくおおらかにノースリーブから腕を出していました。
着物の決まりごとに6月には単衣、とあるのと同じように夏はノースリーブ、と決まっていたのでしょう。そしてお出かけには白のバックストラップパンプスとお揃いのハンドバッグ。むき出しになった母のふくよかな二の腕を目にすると、わたしはなぜか安心し、日傘の下でまた手を繫ぎ、歩き出すのでした。
日傘をさす女の人ほど美しい佇まいはない、と私は思います。夏の白い光のなかをゆっくり歩いていく姿は、日本女性の美質をすべて表しているような気がするからです。穏やかでたおやかで控えめ。それでいて芯のところは強く自立している。
日傘の下で汗をぬぐう母のしぐさにときめいたときから、いつか大人になったら、と心に決めた、わたしの夏支度です。
笑顔じゃなくても
1冊の本と出会って……
大人なら、そんな感情を露わにしてはいけないと自分を戒めてきましたが、その縛りを解こうと思ったのです。
『いい親よりも大切なこと』(新潮社)には「“笑顔”、“元気”が一番、という思い込みをやめる」とあり、喜怒哀楽のすべてを感じ、負の感情とも向き合うことの大切さが書かれていました。親自身がその人らしく、個性を尊重して生きることが、子どもを育むためにも大切なことだ、と。
30代のときにこの言葉と巡り合っていたら、どれだけ楽になれたことでしょう。娘はそろそろ三十路、結婚も視野に入ってきました。そんな彼女に対し、後ろめたい気持ちはいまも消えません。
とはいえ、笑わない母親に育てられた娘は、コロコロとよく笑うキャラクター。その姿を見ると、子どもは生まれもった本来の資質8割で育っていくかも、という気もします。子育ても仕事も、生きることはすべて、あんまりがんばりすぎないこと、食い下がらないこと。そして自分がまず心地よいこと。
笑顔じゃなくても、それでいい。それがあなたらしいのならば。
作家・エッセイスト。東京生まれ。小池一子氏に師事した後、女性誌編集者を経て、イタリア・ミラノに在住。帰国後、執筆活動を始める。1994年のデビュー作『おしゃれの視線』(婦人画報社)がベストセラーに。主な著書に『おしゃれのベーシック』(文春文庫)、『実りの庭』(文藝春秋)、『感じるからだ』(だいわ文庫)、『おしゃれの幸福論』(KADOKAWA)などがある。2008年より五感をひらく時空間をテーマにしたイベント『桃の庭』を主宰。