1973年、『8時だョ!全員集合』の視聴率が50パーセントを超えた。国民の半分以上がこの番組を見ていたのである。
今、日本をハンドリングしているのは、このとき番組を見ていた世代だ。世界を股にかけた大会社の重役も、霞が関の重鎮も、たいがいこの世代だ。
当時、この番組は「下品だ」とか「低俗だ」とかさんざん批判されていたし、教育によろしくないと言われていた。親たちはこの意見に影響され、「『全員集合』を見るとバカになる」と語っていた。これが真理だとするならば、今の日本は下品で低俗で教育によくない番組を見てたバカが運営してるってことになる。すくなくとも半分はそういうやつだってことだ。
ブームになるとかならずアンチが現れる。「バカになる」とか「病気になる」とか言い出すやつが必ずいる。たいがいは根拠のない言いがかりだ。
ウチの母親はテレビを見るとバカになると言われたらしい。今、彼女は立派におばあちゃんをやっているから、たぶんウソだったんだろう。
「ゲームに熱中するとバカになる」ってのも、ウソだと思われる。あなたの周囲に徹夜でドラクエやってたって上司、いるでしょ? 彼をバカだと呼んでもいいが、じゃあ彼の下で働くあなたはいったい何よ?
「ネット依存」「ゲーム依存」も、同じだと思っていた。ブームだから出てくるアンチだと思っていた。その側面はないわけではない。だが、断じてそれだけではない。その相違は、子をもつ親なら必ず知っておかねばならないだろう。
本書はそれをとてもわかりやすく、イラストつきで、ていねいに説明してくれる。
たとえば、ネットゲーム/スマホゲームを、従来のテレビゲームと同じものだと考えてはならない。テレビゲームには、終わりがあった。どんな冒険も、ラスボスを倒せば終わりだった。
ところが、ネットゲーム/スマホゲームには終わりがないのだ。運営会社は永遠に更新し続け、ミッションを追加し続ける。そのうえ、人をゲームに引きつける通知がしょっちゅう入る。今ログインすればボーナスがもらえる。レアアイテムが手に入る。そんな知らせが常に入ってくる状態で、ログインせずにいるには意志がいる。
ゲームに長時間を費やせばそれが有利となる。これはどんなものにも当てはまる法則だが、かけた時間に比例して効果が現れるものはすくない。あなたが毎日、投球練習したって、その効果が球速に現れてくるのはずっとずっと後だ。やってもやっても効果が出ない日々がえんえんと続く。才能とは、それに耐えられるかどうかがとても大きい。
ゲームは違う。かけた時間の成果が、如実に現れる。努力がそのまま効果となって現れるのだ。なんて生きやすい世界だろう! しかも、お金をたくさん使うとゲームを有利に運ぶことができる。たいていの運営会社はここから利潤を得ているから(スターターは無料であることが多い)、勧誘はとてもさかんだ。
このように、単に「ゲーム」といってもその姿がぜんぜん違っている。しかも、それはスマホ=携帯電話という、もっともパーソナルな空間に現れるのだ。
もうひとつ、明らかにスタイルが変わっているのが、LINEなどSNSを使ったコミュニケーションのありかたである。たとえばLINEには「既読」がつくから、メッセージを相手が受け取ったかどうかが即座にわかる。これが「既読ムシ」や「グループに入れない」など、新たないじめを生み出す。
友人関係を大切にしようとすれば常にスマホ(正確にはLINEなどのコミュニケーションアプリ)を見ていなければならない。それが入浴中も食事中もスマホを手放さないライフスタイルにつながっていく。
これらが『全員集合』よりはるかに失調を生じやすいのはおわかりだろう。
ここではネットゲームとコミュニケーションツール、ふたつの事例を取り上げたが、問題はもっと広範だ。それらはほとんど、親の世代が体験したことがない未知の領域にある。
著者は依存症に関する研究の権威であり、どこからが「依存」で、どこからがそうでないのかを示してくれる。本書にも簡単なテストもいくつか紹介されているので、試してみるとよいだろう。また、あきらかに依存症になってしまった場合にも、その治癒のプログラムがいくつか紹介されている。気になった場合は本書の知識を頭に入れ、早期に医師の診断をあおぐことをオススメする。
現代は個人が自分のカラに閉じこもり、対面でのコミュニケーションが不足する時代だ。仕方がないとも言えるだろう。
たとえば、NetflixやHuluに代表される定額制ビデオ・オン・デマンド・サービスの一般化は、家庭から団らんの場を奪った。「見たいときに見たいものが見られる」のがこれらのサービスだから、お父さんと一緒に見たくない番組を見なくたっていいのである。受像器もテレビではなくスマホでいいのだから、家族と顔を合わせなくたっていい。自分の部屋で、見たいものを見ればいい。
「ネット依存」「ゲーム依存」が深刻化する要因として、もっとも大きいのは、対人コミュニケーションが不足し、孤立してしまうことだ。しかも、当人はそのさみしさをほとんど感じない。
これを防ぐには、家庭内で取り決めをつくるほかはない。たとえば、1日に1時間は同じテレビ番組を一緒に見るとか。不自然なことだが、そうやって取り決めをつくっていくことがコミュニケーション不足を補う重要な手段となる。
本書は、コミュニケーションなき時代の生き方指南としても、大きな役割をになうにちがいない。
「ネット依存症」「ゲーム依存症」を予防するためにもっとも有効な方策のひとつは、それを家族間で話し合うことである。
イラストつきでわかりやすく煩瑣(はんさ)な説明の少ない本書は、そんな「話題にしやすさ」も備えている。
レビュアー
早稲田大学卒。元編集者。子ども向けプログラミングスクール「TENTO」前代表。著書に『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの? 』(講談社)。2013年より身体障害者。
1000年以上前の日本文学を現代日本語に翻訳し同時にそれを英訳して世界に発信する「『今昔物語集』現代語訳プロジェクト」を主宰。https://hon-yak.net/