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2018.05.27

レビュー

床屋さん業界に革命を起こす「理容女子」の物語

やらずにいられないことがある人は、かっこいい。

髪の毛をカットする場所が、ここ数年定まらなかった。他の店の悪口を言わない人がいい、流行りを取り入れ過ぎない人がいい、あまりしゃべらない人がいい、などと条件ばかり増えていき、自分に合うところはもうないのだろうとすら思った。でも、狭まっていた考えが、この本を読んで広がった気がする。

理容室には、さまざまな人がやってくる。

主人公のキリは、「反社会勢力」のおじさんの髪の毛を角切りにすることもあれば、花嫁の背中を剃ってあげることもある。そこにはひとつひとつの物語や節目がある。

女性のお客さんも入りやすい理容室づくりを目指して奮闘する、新人理容師のキリ。

やらせてください! お願いします! とすぐに頭をさげる。それが理容室の上司であれお客さんであれ、仕事をさせてくれる相手なら、変なプライドなんか、かなぐり捨ててしまう。恥をかくことを恐れる気持ちより、やりたい気持ちの方が圧倒的に勝っているのだ。

ゆとり世代の中にも、こんな人もいるんですよ! と、上の世代の人たちにこの本を差し出したくなった。

そして、うちらの世代の悩みが詰まっているよ、と20代の人たちにもこの本を渡したい。

キリは仕事の中で、「自分を知れ」と周りの人から言われて悩む。

わたしと同じだ。自分を知ることは、今まで以上に頑張ることとも、そしてもちろん、力を抜くこととも違う。自分がいつ見えるのかもわからないし、そこに正解があるのかどうかだって、わからない。だから、ものすごく難しい。20代後半って、そういう年齢なのだろうか。

そしてキリは、理容師の仕事を通して、家族の問題や、恋愛とも向き合っていく。幼い頃から離れ離れになったお母さんも理容師だし、淡い気持ちを抱く相手も、仕事場の近くにいるのだ。

なにがなんでもこれがやりたい、という気持ちが強いから、うまくいかなくても、泣いたり、恥をかいたりしても、キリは輝いている。これだけ夢中になれるものが見つかっていることは、ある意味では幸せかもしれない。でも、見つかっているからこそ、他のことをあきらめざるをえない痛みもある。それがこの本の最後に突きつけられる。

そうそう、この本を読んでいると、自然と理容室に関する知識が増えていく。顔剃りの美肌効果について、背中ニキビとシャンプーやリンスの関係、そしてサインポールの成り立ちや日本の理容室の起源にいたるまで。専門用語や専門的情報がまた、なんともかっこいいのだ。

理容室、久しぶりに行ってみようかな。

しかも、できればキリみたいに、仕事に夢中で研究熱心な方に、切ってもらいたい。

なかなかいないけど。

そう思っていたら、この本を読み終えてから、見つけたのだ。女性も入りやすい理容室を作り、奮闘している若い女性の理容師さん。カットしてもらうとき、ひとつひとつの動作に心がこもっていて、キリをどことなく思い出した。

今度その理容師さんにこの本を渡してみようかと思う。

どんなふうに読んでくれるだろう……。

少し前までは、あまりおしゃべりしない人にカットしてもらいたいと思っていたのに。カットしてくれた人を思い出して、話したくなっているなんて、不思議だ。

変えてくれたのは、この本だと思う。

キリの理容室

著 : 上野 歩

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レビュアー

華恵
モデル、エッセイスト。1991年アメリカ生まれ。6歳から日本在住。10歳からファッション誌でモデルとして活動。2000年、2001年に全国小・中学校作文コンクール東京都審査・読売新聞社賞、2002年に全国小・中学校作文コンクール文部科学大臣賞を受賞。2014年東京藝術大学音楽学部楽理科卒業。著書に『小学生日記』『本を読むわたし』『キモチのかけら』『たまごボーロのように』『華恵、山に行く。』などがある。

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